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オイラーが・・ 塩釉炻器窯から出てきた


1ヶ月前の続き、ちょっと記憶が戻ってきたかな。


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一ヶ月過ぎると、記憶がこんなにも薄れるのかと思いつつ、7月末に訪ねたオイラー窯に舞い戻っています。昨年の訪問時には2004年に初めて成功したときの作品が残っていました。そのひとつが私の手元にもあります。今回はは2008年早春に焚いた作品を見ることができたのですが、確実に焼成コントロールの腕が上がっていると思いました。肝心の作品がこんなに小さいので、それについてはまた適切な写真を用意して・・・・私の撮影の腕はぜんぜんあがってないのが苦しいです。





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思わず逆さの写真を撮ったのは、生素地を重ねて窯詰めした後が、よく見えたからです。手前側にクッションとなるシャモット土が置かれて重ねられたのでしょうか。後でこの写真を見ながら、塩釉の下に施されているのは、化粧土なのかまたは鉄釉の一種だったのかと、判断しかねています。釉の縮みよってできた黒い縁取りが、益子焼きの鉄釉、蝋抜きの絵の周りに似ているように思い出します。面白い効果だと思います。





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何気ない台所の片隅ですが、なかなか魅力的・・・
ドイツ陶器の博覧会のような片隅です。
実はこの台所、あのボルコの父親とオイラーものを拾い集めた方が住んでいた家のものです。
奥にあるのはこれもシュレジエン陶器でお話した泥土釉の器。オイラーが ・・ : 西の塩釉 東の泥釉
これは古いものではありません。ドイツの北のはずれに住む陶芸家の作品です。彼はオイラー窯の修復を手伝いに、わざわざ800K以上の距離を飛んでくる人で、東の泥土釉炻器も試しています。その手前は同じ人の塩釉作品、右横は昔の塩釉。左横の乳鉢に関しては、M野さんのコメントに返信しています。








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いつごろ焼かれた塩釉かな。私個人としては、これくらい顔料の淡い絵のほうが好きです。









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薪窯の還元状態が様々だった塩釉が並んでいます。特に真ん中の無地のものと、下の写真右端のものを比較してみてくださいね。塩釉は塩の蒸気が飛んできて素地に付着する際、素地の中にあるガラス質形成素材と結びついて釉を形成します。したがって釉の色合いも素地となる土の色によって違ってきます。下の写真右のは一般的に塩釉の器としてよく、知られているものですが、鉄分の多い(赤土)の場合です。
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一昨年まで、コバルト絵の塩釉炻器を薪窯で焼成していた工房が営業していたそうです。
ついにやめてしまったのですが。そこに残っていた素地に青絵付けのできる、これも最後の女工になるのかな?が絵付けして今回の修復窯で焼いたものです。
Commented by M野 at 2008-09-01 23:45 x
 窯道具がきれいだな。この器はなんだろう。と見ているうちに、この台所の一角にある、乳鉢はなんに使われるのですか。
 縄文時代の石器みたいなんですけど。
Commented by うお at 2008-09-02 06:17 x
M野さんこんにちは、ご無沙汰です。
この台所は修復窯を焚いた陶芸家夫婦、奥さんの方の実家。ややこしいですが、ボルコの父親と一緒にオイラーものを拾い集めたお父様の収集品があふれている家です。

乳鉢は日本の台所に備えてある小型すり鉢のような役目で、香料(胡椒など)の粒をすりつぶすためでしょう。このオイラーの町はラインの右岸(コブレンツから)約15Kほど内陸です。
ちょうどその反対側ライン左岸には石臼などの生活用石材の産地があったのです。面白いですね。右岸は陶器用の土が使われ、左岸は石のまま加工された。ともに中世に発展した産業です。
Commented by tarutaru at 2008-09-02 11:49 x
ドイツ同期会、楽しく拝見しました。

しかし、当然といえば当然ですが厨房は陶芸展示会場のようなもの。作家宅にいたってはテスト作品も遊びの作品も渾然一体でまたそれが気取りがなくて傍目からすれば楽しいものとしてうつるでしょうか。家族の為に作ったものは気負いもなく優しさ自由さが満ちているもの。
こちらのコレクションも楽しいです。こうしてみるとドイツ陶器はイメージとしてはやはり地味な感じですね。地味な中にも確かなこだわりを感じます。コバルト彩の作品は以前後楽園ドームの食器フェアで見たものに類似しています。僕も個人的には淡くてやや鉄味を帯びたものが好きです。

Commented by うお at 2008-09-03 03:55 x
Taruさん、はいはい私も楽しませてもらいました。何しろ窯焚きと陶芸教室のあと、ほとんどめろめろでしたが、訪ねてきたミノリンさんと万華鏡伝道師さんに元気を分けてもらったような具合でした。

そうですね。>厨房は陶芸展示会場
私も器にかかわっているので、様々な場所の台所風景が魅力でした。特に陶芸家の厨房は面白い!私は自分で気に入ったものは自分の厨房に持ち込むタイプ。寛太氏は「こんないいものなんで売らないの?」と引き上げてしまうタイプ。ははは
今回写真を並べた台所は、地元陶器を愛するご主人が亡くなった後も、その方の集めた器を奥様が大事に、まるでご主人がすぐ使えるように管理されているのです。「主人は収集家ではなく、見捨てられたものを拾ってくる人です」と、奥様の解説がありました。

私がドイツ陶器を最初に目にした際、やはり「なんて地味なんだろう」と思いました。もちろんドイツ中を見渡せばいろいろなタイプの陶芸家がいます。しかしアメリカと違う、日本と違う、面白いものです。なにが違うのかなと思い出したところから、オイラーが始まっていくのですが、今度オイラー以前のエピソードもおしゃべりしていきましょう。

Commented by うお at 2008-09-03 04:12 x
Taruさん ・・・続きです
場所により器の違う感じというものが、企業生産体制の(あるいはネームヴァリューのほうが)ものとして現在流通している器にも、残されていると思います。現代のデザイン感覚で伝統的な魅力がうまく伝えられるものもあり、工場体制では消えてしまう事もあります。焼成の写しは難しいでしょう。それはそれとして、現代の別なものとして見てもよいのですが
ドイツで目にした器の本来のものを、この国の違いを追いかけた結果として伝えたいと思っています。
Commented by onoman at 2008-09-04 10:08 x
オイラー、はじめて知ることばかりですが、楽しく読ませてもらっています。塩釉も浜田庄司か河合寛次郎かの作品で見たことがある程度で
ドイツでこんな風に使われていたとは知りませんでした。
ヨーロッパには何度も出かけていますが、なんだか焼き物はあまり見てません。
これからは少し注意してみてみたいと思います。
おさがわせミノリンはたいへんだったでしょう。
お察し申し上げます。
でも、なかなか面白い活動パターンに入っていて、ここのところ
目を離せません。
自己中から社会のために、と変貌を遂げつつあるミノムシ・・、いやミノリン、応援しようと思います。
なんといっても、いい博士に出会ったことがなによりです。
Commented by うお at 2008-09-05 03:45 x
onomanさん、ようこそ!
たまには陶器の話もしましょうよ。何しろ石の上に20年以上になるかな。

塩釉は浜田庄司が後期の仕事でかなり夢中になったようですね。その後島岡達三も追いかけたということです。益子近辺の土が怪しいですよ。
浜田がスリップウェアーの伝統技術を解明していくエピソードが残っていて、面白いです。バーナード・リーチと朝食中、トーストパンのジャムの上に生クリームをたらし、ナイフで縦に切ったらあの縞模様ができて、2層の化粧土の濃度に着目したそうです。

浜田も穴だらけ塩釉窯を作っていまるようです。彼の塩釉に関する記載物あったら教えてくださいね。

ミノリンは彼のことをよ~く分かっていて理解しているやさしい先輩がいて・・・それにかのお方、博士伝道師ですよ、まったくもったいない話です。帰国後の写真は相変わらずドイツで買ったぬいぐるみ抱えてですからね・・・・なんとかならんかな。

また遊びにきてね。
by kokouozumi | 2008-08-08 06:18 | オイラー | Comments(7)

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