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物語はあるか








ホームセンターの駐車場で見つけた、あの車は物語で囲まれていました。描いたのは
何歳ぐらいの女性だったのだろう?物語を携えて、その物語を描写しながら生活している姿勢を、しばし考えてしまいました。車を目撃した同僚の寛太氏と、あのおばあちゃんを探してきて、お皿に絵付けしてもらったらどんなことになるだろうという話にまで発展しながら、ふと私達はあのおばあちゃんのように物語を携えているだろうか?と。

私達がそんな会話の中で、無言になり空虚を見つめた隙に、同居猫2匹はすかさずそのタイミングを捉えて、テーブルの上の皿に残るクリームとかバターとかパン屑の余韻に手を伸ばします。おっと待った!そう簡単に躾けを忘れる甘い飼い主ではないのよ。皿に延ばした手ごと抱きかかえられたメリーは、まるで瞑想にふけるブッタのような半眼の目で、「えっ、私は今何をしました?私はただ宙に手を伸ばしただけなのに、・・・」今ここに物語があるとしたら、ストーリーを次々生み出す彼女らの存在そのものに違いないと、爆笑。

そしてこの秋には、ケン・フォレットとジェフリー・アーチャーの物語を続けざまに文庫本で合わせて13冊読んでしまいました。両者とも20世紀を時代背景として物語を展開させています。ケン・フォレットの7冊は20世紀三部作のうち二部までのもので、先ごろ三部の完結編が出たばかりです。さすがに40人ものスタッフを抱えるフォレット事務所は英語版出版と同日にドイツ語版を出しています。(これはまだ読んでいない)
内容がドイツ東西の壁が築かれてから、壁崩壊までの年代ということで、早くもドイツでは、この三部目がベストセラーの1位になり、本屋さんでは英語版、ドイツ語版が山積みされています。一方ジェフリー・アーチャーの6冊もクリフトン年代記なる長編シリーズの三部までで、やはり先ごろ続きの第4部が世に出ましたが、こちらはまだ英語版のみです。

ストーリーテラーとかページテラーという、いかに読者の読む速度をアップさせる物語展開を創出しているかは、この両作家に言えることで、そうでなかったら私もこの10月の2週間に13冊(正確にはケン・フォレットの旧作3冊も読み返したので16冊)を読み下すことが無かったでしょう。

さてその後、それぞれの続編はどうなるのかと、両者のホームページを覗いてみると。
ケン・フォレットは16分のビデオインタビューの中で、20世紀三部作の核心をまじめに語っています。20世紀という時代が果たして読者の興味になりえるかと、疑問に思いながら構想していくうちに、20世紀にはそれ以前の時代にはなかったほど多くの人々が暴力の中で命を亡くしたこと。体制との戦い、女性の戦い、スペイン戦争そして二つの世界大戦。それらが過ぎ去ってさらに東西の冷戦。第三部の完結編は、彼らが何のために戦い続けたのかをタイトルにしているのですが、その物語を追い続けたケン・フォレットはビデオの最後で、嫌いだったニクソン大統領に対する認識を新たにした、と語っているところが隠し味かもしれません。

対決するジェフリー・アーチャーのページがまた傑作。彼のブログ記事というのがあるのですが、朝起きてすぐ、ニューヨーク・タイムズのベストセラーランキングに目を通す、というような記載があります。クリフトン年代記の中でも、ベストセラー15位に入らない本の運命を説明している箇所もあり、そのような作中に実体験的ストーリーが紛れ込んでいるようなところに、同じイギリス作家としてケン・フォレットへの対抗意識が見えてくるようで、私は楽しめました。ケン・フォレットが教科書に出てくるような歴史上の出来事の中で、フィクションの人物像を自由に操り、今までに無い歴史を見せるプロフェッショナルなら、ジェフリー・アーチャーは自らの波乱万丈な人生から、幾つもの物語を語ってみせるという対決だろうか。アーチャーはこの長編シリーズを五部のサッチャー登場あたりで締めくくろうとしたが、どうしても主人公にあと30年活躍して欲しくなり最終的に七部まで続いてしまうらしい。

ケン・フォレット、ジェフリー・アーチャー、そりに車に描いているおばあさん。10月は物語を生み出し続けている人々に圧倒されつづけて。



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我が家のストーリーテラーたち










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by kokouozumi | 2014-10-20 06:35 | 人々 | Comments(0)

日曜日




引っ越したばかりの昨年10月、薪ストーブの準備で朝が始まるという、この家の冬対策に追われることになった。やっとその仕事から解放された4月には、庭の草がぐんぐん伸び始めた。除草作戦第一弾は庭の石畳を覆っている土ごとはがしてしまえ・・ということで、同僚の寛太氏が何日もがりがりとスコップで土はがしをした。

6月の展覧会には、きっと10年ぶりぐらいに全貌を現した庭の石畳が会場の印象となった。しかし7月になると、きっと10年間のうちに増え続けたタンポポが石畳の間から、またぞろ葉を伸ばし始めた。草取りを始めると、表面の葉っぱがちぎれるだけ。タンポポって、ものすごく地下深くに根を伸ばしていることが分かった。大家さんの庭仕事道具から、それらしい根掘り武器を探し出し、石畳の間をカチカチ言わせながら、タンポポ掘りをやってみたが、とても全部の根を撤去することは出来ない。毎日少しづつやっと庭全体のタンポポ表層を撤去した頃には、始めに手をつけた部分にうっすら緑の葉が出てくる。

これを徒労というべきか、朝の時間を台無しにされていると思うべきか・・・
この家に住んで、朝の仕事は季節を変えて次々発生するし、時間を浪費しているはずだが、なぜかあまりその時間が惜しいとは思えない。これまでの人生で、はたしてこれほどの徒労に従事したことがあっただろうかと考えてみると、そんなことをしている暇が無かった時には、こんな家に住むこともなかった・・と気が付く。

ははは、そうかと思いながらタンポポの根をカチカチ切り取っている周りで、最近は猫の姉妹が駆け回るようになった。そういえばこの子達は良く食べ、よく排泄するので、猫砂掃除ということが、朝の作業として無視できなくなった。

ちょっと熱心に作業し、ちょっと熱心に遊んだ(これは猫たちだが)日の朝食はシンプルになる。コーヒーにバターを塗ったトースト一枚とヨーグルト。本を読みながらに適した朝食。語学学校時代、コソボからの難民学生が一服のタバコが朝食と、何も無いことを表現していたが、それに比べたら豪華な朝食。

8月なのにドイツらしく、肌寒い日々が続いている。もうすぐ冬の仕事が始まったら、どれだけの時間を朝に費やすのだろうと思いつつ、そんな時になっても、みんな元気で過ごせたら幸いと、とりあえず今は、本のページをめくる。






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大事なネズミさんを失くさないように!
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by kokouozumi | 2014-08-19 06:56 | | Comments(0)

庭の展示会









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昨年10月から住み始めた家の中庭で展示会をしました。






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この家の佇まいは背景として、とても面白い要素がいたるところにあります。
作品を無視して、その辺を捉えようとした場面ばかりになりました。










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しかし・・・この展示会の間に生まれた傑作もあります。










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展示会の2週間前から、この家に住み始めたちび猫姉妹
パンクの故郷へーリンゲン村からやってきました。
名前はメリーとジェーン
そう、いつまでも君を忘れないよと歌われているメリー・ジェーン
それはパンクへの思いもこめて

このちび猫たちを見せてくださいとやってくる近所の子供達3人
あのパンクの家を作った3人です
一番下の女の子が描いたメリーとジェーン
部屋のテーブルの上の植木鉢、暖炉、イス・・・そのの中で子供達は
猫を遊ばせようと、こんどは特別の紐を作ってきてきました。

彼女の記憶する情景

メリー・ジェーン、良かったね!あなたたちを愛する人がいっぱいそばにいて
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by kokouozumi | 2014-06-23 06:59 | 陶芸 | Comments(0)

猫物語 映像編










パンクはついに帰ってこない。
飼い主二人はといえば、外出から戻ると、パンクがひょっこり玄関先に座っているのではないかと、一瞬玄関先をくじを引くような気持ちで見つめてしまう。逆に外に出る時はドアを開けた途端に車の下からパンクがおずおずと這い出してくるのではないかと、路上駐車している車の下の気配を探してしまう。そしてパンクがぴょんと飛び乗ってくることを、いつか姿が現れるかもしれないという一抹の期待を持ちながら、時々窓に目をやってしまう・・・、それは自由に外出させていたパンクの帰りがいつもより遅いとき、そうして待っていた習慣であり、これまではそのうちのどれかの登場の仕方で、彼は帰ってきていた。寂しいことに今回はそのような登場がついにない。

近所の人々やいつも工房の前の道を通っていた人々が、一様に残念がってくださる。お世話になっていた動物病院に連絡をしたら、もしかしたら誰かがこの病院に連れてくることもあるかもしれないから、すぐにあきらめないで待ちましょう、との応対だった。

希望を持ち続けるのがいいのか、きっぱり諦めたほうがいいのか分からないが、どちらにしてもパンクの不在は、これからしばらくの間生活の中の空洞となって、その虚無感を追い出すよう飼い主は自分で自分のネジを巻き続けていくしかないだろう。

飼い主二人は寂しさを紛らわせるために、思いつく限りの食べたいものを考えては、料理している。食べながらGPSを着けて置けばよかったとか、猫一匹いなくなって寂しいと思うなら、また猫を飼って紛らわせるしかないかとか、おっちょこちょいのパンクは、今頃まだ死ぬには早かったと気が付いているのではないかとか、取り留めの無いことを話している。そして・・・自分たちの仕事に集中せよということかな、と最後には思う。

寛太氏が8年間制作を続けていたへーリンゲンの工房でパンクは生まれた。新しい生命が工房で誕生したことはとても良い兆候であると、周囲のみんなから喜ばれた。

それから今日までさらに6年が過ぎてきたのだが、それはパンクにとっても飼い主にとっても、住処を次々に変えていくことになる、激動の年月だった。母猫も弟もいなくなり、一匹になったが、どの場所でもたちまち周りの人々を癒す存在として、人気者だった。

その時間を、人間の言葉で解説するよりも、パンク自身の姿としてメモしておこう。




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2008年 ミルクママの一人っ子として誕生 




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5秒止まれ体操のしつけ中。




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目の炎症を起こす



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それでも元気に陶芸教室参加!みんなの靴下をかじりまわる



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さらにテーブルの上でみんなの仕事を観察




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遊びつかれて


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ミルクママと一緒にフライブルクにやってくる。まもなく弟ロックが生まれる



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家族三匹で寛太新工房のオープニングに参加




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ひとりになったね



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2010年2歳の冬


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エヒターディンゲンの日々、ブラッシングが大好き



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2012年 夏




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2014年4月
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by kokouozumi | 2014-05-30 08:07 | | Comments(0)

猫物語









早いものでパンクは今年の夏に7歳となる。
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今年春になって食欲が無くなる。連れて行った病院で大丈夫といわれたが、その後もっと食べなくなり、他の病院で歯垢菌さらに心臓がおかしい、血液検査の結果腎臓も心配と、いろいろの症状が並んだ。飼い主はひたすら処方された薬を飲ませ、病院に行っては体重をはかり、痛んだ歯が抜けた!と獣医さんが喜ぶ姿にあっけにとられ、なによりパンク自身が以前のようなのんびりした表情になってきたことでほっとしたり。その間外への出入りは、交通量の多い時間帯は避けながらも、前と同じように自由にさせていた。病気なのかどうかはっきりしないままに、薬を飲ませ、病院で買ってきた餌のみを与えた。これまでスーパーなどで買っていた餌よりプロテイン量が少ないらしい。両者をなめてみると、人間の舌にも病院の餌のほうがかなり薄味だった。パンクはその味を問題なく受け入れて、餌も薬も全く日常的なことになってきたある日の朝、茂みの中から足を引きずり出てきた。このところ余りにもいろいろな問題にびくびくしていた飼い主は、猫をキャリーバックに押し込んですぐさま病院へ。結果は内蔵からの影響による症状ではなく、単なる打ち身程度のことだった。筋肉痛の薬がさらに加わった。3種類の薬を飲みながらパンクはどんどん元気になっていき、どうしても外に出たい時は私の邪魔をするということを再び始めるようになった。机の上の消しゴムを転がす、鉛筆を転がす、ついには制作したばかりの器が置いてあるテーブルに乗り込んで脅かす。こちらもつい根負けしてドアを開けてしまう。次はそうやって家から飛び出していったパンクが戻らない事件が発生した。

猫が時々帰らないことは良くあると知っていても、帰ってこなければ心配である。家の周りの環境から交通事故ではないかとか、どこかのガレージに入り込んで閉じ込められたかとか、猫は外出中にいったい何処で何をしているか分からないので、あらゆる事故の可能性を数え上げてしまう。2晩が過ぎても一向に出てくる気配もないと、もういい加減あんたの心配ばかりしていられない!と猫に対して切れてみるが、切れた相手が不在なので、暖簾に腕立て伏せ状態のまま、帰ってくると飛び乗って知らせる窓枠に何度も、いや何分おきにか目をやってしまう。

そうしながら、手先では仕事を続けながら、頭の中ではパンクのこれまでの7年間を思い出していたりする。ペットである猫の一生は飼い主によって左右されるのだろうか、いや気ままな種族の猫が居ることによって飼い主の生活にも不意の一喜一憂がもたらされるではないか。とりあえず居なくなる心配をしたくないなら、家の中に隔離すればいいのか?それだっていつか何かが起こりえる。結局のところ、ここにも正解というものは無いらしい。

幸いパンクは3日目の夕方、見知らぬご夫婦に保護されて戻ってきた。私が買い物に行くのを追いかけて、交通量の多い道路を横切りスーパーマーケットの駐車場にいた。私は気が付かずさっさと戻ってしまった後、パンクは道路を横断するタイミングを狙ってうろうろしていたところを、猫好きの夫婦が保護し、親切にもその道路沿いの飼い主を探してくださったという幸運な経緯だった。

ああ、良かったと、この猫物語をハッピーエンドで終えようとしていたら、パンクは再び消えてしまい物語りはエンドロスになっている。これまでのすべての事件を総合すると、パンクは今どこかに足止めされているに違いない。それがどんな状況なのか、再び想像をめぐらせることになる。飼い主は薬を飲ませることが出来ない日々を心配しているが、猫のほうはもう薬なんか飲みたくないのかもしれない。動物の本能と、人間の都合によるペット管理の狭間で、いきもののおきては、どんな判断を下すことになるのだろう・・・。






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工房にこんなダンボールが届いた




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それはパンクの家だった。
近所に九州から引っ越してきた子供達が作ってくれた
パンクはその中でお昼寝をした








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そのうち箱はちょっと違うつくりになった





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子供達は、パンクの食堂を増築したのだった。
パンクは子供達の目の前で、その食堂でご飯を食べた









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パンク!みんなが君を待っているよ。
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by kokouozumi | 2014-05-18 06:23 | | Comments(0)

ドイツに戻っています










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10日余りの日本滞在を終えて、ドイツに戻っています。
滞在最後はいつものように東京の定宿に宿泊して、近くのデパートや本屋をうろうろするのですが
今回も・・・やっぱり日本のキャラクター文化の健在ぶりに遭遇しました。
高島屋1階のショーケースです。

舞い戻ったドイツではちょっとした猫騒動がありました。
それより、巻きっ子子ドリプラの報告もまだでしたね。

仕事は始めていますが、頭がなんだか働いていない。それを言うと、時差ぼけでも、今に始まったことでもなでしょうと四方八方から声が聞こえてくるのは気のせい・・・。

まずはキティーちゃんとともに、帰還のご挨拶にて
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by kokouozumi | 2014-04-11 05:00 | | Comments(0)

気付かれない存在










Stuttgartに住むようになり、頻繁に利用するSバーンの駅。ホームからエスカレーターを上って駅の連絡通路にたどり着いたところに、その販売人はたたずんでいた。

駅の地下連絡通路や地下エントランスという場所には、スタンドカフェのあるパン屋とかキオスク風のショップが点在していても、人々にとって通過するところでしかないし、出来れば早く地上に出て、この駅に降り立った本来の目的に向かいたいと思い、用事が終わって駅に戻っても、まっしぐらに切符自販機へむかう。その場所にたたずむ人、それはいろいろな人がいるだろうけれど、たとえある姿を目の端に捉えたとしても、いちいち気にしない、普通は。いちいち気にするほうが変かもしれない。そのように私は、切符自販機とホームに降りるエスカレーターの間で、新聞のようなものを持ってたたずむその人をいつも見かけていながら、多分何かのキャンペーン紙を配っているのか、StuttgartのことだからS21反対運動の小雑誌かな?と想像するぐらいで、気に留めなかった。

あの本を読まなかったら、ストリートペパーを販売する人という存在に、気がつかないままだったと思う。

『ボブという名の野良猫』にはThe Big Issue(ビッグイシュー)というロンドンで発行されているストリートペーパーのこと、その販売システムについて、作者ジェームズ・ボーウェン自身の体験として詳しく述べられている。ホームレスたちが路上で新聞を販売することで、彼らに仕事を提供し自立を支援する目的と、ホームレスの問題に世間の注意を向けよう、という狙いがあるストリートペーパーのヨーロッパ第一号は1991年にロンドンで生まれた。(雛形はUSAにあったらしい)そのビジネスモデルはたちまちヨーロッパ各国に波及して、ドイツでは1993年にミュンヘンやハンブルクに、さらにベルリン、デュッセルドルフ、ドルトムンと続き、今ではドイツ主要都市に拠点を置く30紙のストリートペーパーが数えられ、月ごとの発行部数総計は25万部になるという。

そんな訳で、野良猫ボブの本を読みながら、そういえばあの駅にたたずんでいたあの人も・・・と気付かされたのだが、その後も切符自販機の前に立つと、次の電車は何分発、急げー、という行動パターンになってしまう。ボブの本は日本語版も出たので、あまり内容に触れたくないがボーウェンも、人々が新聞に興味を持つ余裕が無い、地下鉄駅の入り口で販売することは難しいと書いている。だから販売許可証のための顔写真をボブと一緒に写してもらい、ボブの存在が販売力としておおいに貢献することになる。
全くのところ新聞の束を抱え黙って立っている人は、駅構内の壁に溶け込んでいくように、地味で気がつかない存在である。もしかしたらベストセラーになったボブの本は、いや一匹の野良猫ボブが、世界中のストリートペーパー販売人をスポットライトの中に立たせる役割を果たしたのではないだろうか。

うちのパンクにも何かそれくらいの力がないものだろうか、と顔を覗きこんでいると、パンクはすっかり勘違いして『もうご飯の時間ですか?』と擦り寄って来る。駄目だ・・・。しかし悲壮感漂うプロパガンダによって無理やり突きつけられるのではなく、猫によって社会の一面が浮かび上がってくるのは面白い・・と猫好きはポジティブに受け止める。

そしてついに、次の電車に乗らなくても、次の次の電車に乗ればいいということにして、
2,10ユーロのTrottwar紙を買った。そのうち1,05ユーロが販売人の収入になる。つまり販売人は新聞を半額で仕入れ、倍の値段で売ることで、仕入れた数を完売すれば、いくらかの収入とさらに仕入れる元金が手に入る、という仕組み。ストリートペーパーは、路上で彼ら販売人から購入できる新聞であり、StuttgartのTrottwarというタイトルは、この土地の方言シュベービッシュとさらに南の方言アレマン語にも共通する『歩道』という意味があるらしい。バーデン・ヴュルテンベルグ州全域の読者を対象にしたTrottwar紙は毎月の発行部数2万7千部。リストを見ると最も発行部数が多いのはハンブルクのHinz&Kunz紙で6万8千部(最新の数字)販売者数500人。1993年の創刊号は10日で3万部を完売したという実績を持つ。最近ニュースダイジェストという日本語新聞でストリートペーパーに関する特集記事が掲載されていた。ミュンヘンのBISS、ドルトムントのBODO、ベルリンのStrassenfeger、デュッセルドルフのfiftyfifty、そしてハンブルグのHinz&Kunzなど、サイトを覗いてみるとその土地でストリートペーパーが生まれた理由、難民問題、地場産業の低迷、など背景を知ることが出来る。

私が買ったTrottwarは2013年に出版された本に関する特別号で、方言シュベービッシュ語源学について、本を読むという人間の脳の特性についてとか、ホームレス人生を書いた本のこととか(その作者はStuttgartの町でホームレスが大事にしている場所のガイドツアーも企画した)、なかなか興味深い内容が紹介されている。




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by kokouozumi | 2014-03-02 09:16 | | Comments(0)

2月は覚悟していたものの















暖かな1月でしたが、末になってついに初雪。突然のように朝起きたら雪でした。天気予報では2月始めに最低気温・最高気温、共に氷点下の数値が現れ、そろそろ地下室も暖房する時期が近づいたようです。11月始め、家全体を暖めようと1週間ほど地下ストーブを試し焚き、その後2ヶ月は必要の無かった2箇所のストーブ焚き仕事が戻ってきます。11月には新しい家の生活習慣を身につけたいあまり緊張感のある仕事でしたが、その後の温かい冬にすっかり怠け者になっています。億劫になりながらも、地下のストーブの前に立つと、ここはひとつ陶芸家の意地で、最短時間で点火を完了してみようなどと、すっかり火遊び気分になってしまい、地下への階段上り下りも、冬場のアスレチックに最適!と浮かれてきます。

そうやって、台所のストーブに薪を放り込み、次は地下に降りてストーブを覗き、燃え具合を観察します。現在のところ点火用の木っ端材が不足気味です。地下ストーブの場合はずっと傍にいるわけではないので、序々に火を大きくしていくのではなく、いきなりブリケットの一塊を点火させる方法を検討中なのです。わずかに燃え始めたブリケットの上に次のブリケットを重ねるタイミングが肝心です。早すぎると、わずかな炎が全滅!!地下のストーブ脇にはエコ点火剤なるものが何箱もストックされていました。

この家の前住人シュテファンから、どうだい?震えていないかい?とメールが来ました。彼はこの家に10年住み、現在はカナダに暮らしています。彼がエコ点火剤の山積みを残していったわけですが、実際にストーブ焚きを初めてみて、彼が私と同じように素早く点火し、炎を安定させたかったに違いないこと、その手段がこれだったのか、と理解できました。
さらに地下には木箱の山済みがありました。初めそれは木やブリケットを運ぶために集めたものと思っていました。春先や夏に果物をまとめ買いすると入ってくるような、足でつぶす、ちょっと圧力を加えるだけで粉々になる代物です。実はそのやわな木箱も炎安定のための助けだったのですね

10年この家に住んでいたら、極寒の年もあったでしょう。とっさの手段をシュテファンは残していったわけで、それに私がやっと気がつく余裕があるほど、この冬は穏やかです。1月末の雪で覚悟したにもかかわらず、2月の2週間予報では氷点下より下のポイントが1回ぐらい。このまま暖かくなるようだったら、果物籠を集めたり、端材を集め切り刻んで、来年の冬に備えなければと、思ってしまう。

そんな油断をしていてよいのだろうか?


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朝、台所の窓に差し込む光も心強くなってきた






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この家のいつの時代の住人が、台所の雰囲気をこんな風にしたのだろう。コーヒーカップ柄は帯状の壁紙を張り込んだもの。







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このごろ、パンクもすっかりこの家になれて、お気に入りの場所を増やしている。
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by kokouozumi | 2014-02-02 07:50 | Comments(0)

2013→2014












クリスマスの頃にはプレゼントを用意して

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大晦日の前には年賀状も用意して

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12月31日、19時ごろには、お気に入りの本箱の上でのんびりしているパンク
台所ではささやかな雑煮と御節の準備。
でも食材が・・・
家から3分のところにアジアショップ(日本の食材が買える)があり
近いからつい油断していたら、今日は半日で閉店
そこで調達するはずのものが手に入らず
ありあわせの正月料理
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20時ごろから、普段聞きなれない不穏な音に、構えるパンク
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その後は例年通り、どこか見えないところに隠れてしまいました。
探しても無駄なので、私は日本時間から8時間遅れの紅白歌合戦をインターネット上で観ました。

矢澤が紅白に登場した時はピンホールTVというちいさな画面で、たしか同時中継をみていました。
今回は泉谷しげるが・・・ついにということで
海女ちゃん、キョンキョン、薬師丸の潮騒メドレーあたりの後半は
年賀状の宛名書きを忘れてみてしまいました。



現在午前3時半
こうして、また新しい年が始まっていました。


今年も宜しくお願いします。
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by kokouozumi | 2014-01-01 11:35 | | Comments(0)

さよなら・・・読書室













工房の隣家が空いて、これから2週間後、そこへ引っ越すことになりました。
これまで住んできた、どの住居とも違った生活感覚をもたらすだろうその家については、後日引っ越してからメモすることにして・・・

今は残り少なくなった電車通勤の日々をいとおしんでいます。
もうこの冬からは、寒風の吹き込むホームで乗り換えの電車を待つこともなくなるのですが、電車に乗り込んだ瞬間、あの車内の暖かさにほっとする気分もなくなるわけです。
1つの習慣、一日のリズムとして消費していた通勤時間のネガティブ要素を度外視して忘れがたいのは、やはり電車の中が読書室だったからでしょう。

しかし、電車の中で読書することは、結局家に帰り着いてからも続きを読みたくて、夜中の2時、3時まで読書は続く!現象をもたらしたことも白状しておきます。電車通勤のおかげでよく読書したこの2年間でした。既に報告したように、長い間書架で眠っていた本を引っ張り出したこともありましたが、電車の中でも楽に読めるものとして、手当たり次第に読んだのは、推理小説の類。これが曲者で家に帰ってからも尾を引いた原因はこれです。伊阪幸太郎や東野圭吾を推理小説として分類してよいのかどうかはともかく、夜中までの読書で目を真っ赤にさせた犯人は彼らの作品。さらに原作に留まらず、ユーチューブで映画化されたものを探し・・・という状況に至ったので。翻訳作品ではなんと言ってもジェフリー・アーチャー。Stuttgartでは日本人同士が本を交換し合う、古本バザーがよく開かれるので、昔読んだものでもジェフリー・アーチャーを見つければすかさず手に入れて、読み返しました。バザーにはなぜかケン・フォレットが登場せず、ドイツ語のものに手を出そうかと何度か書店で物色したのですが、日本の文庫本のように、上・中・下と分冊されることがなく、分厚い1冊を目にして恐れをなし、ケン・フォレット三昧は実現しませんでした。

電車の中で心地よく本が読める座席を確保する・・・というノウハウも次第に覚えたものです。単純ですが、本を読んでいる人のいるボックスに座るというものです。2人までが本を読んでいるボックスに、携帯で喋りまくる人が新たに加わる確立は少ない。4シートのボックスに一人座っていると、3人のおしゃべりさんたちに囲まれてしまったこともしばしばありました。

動く読書室での時間も残り少なくなって、さて記念の最後の1冊はと、思っていたら、やっぱり猫の本が飛び込んできました。日本でもかなり話題になっている、ロンドンのボブの本です。ジェームス・ボーウェンの『野良猫ボブ』がイギリスで出版されると
すぐ、ドイツでも英語版が書店のベストセラーコーナーに積まれましたが、そのうちドイツ語訳も出てくるさ!と気長に待っていたそのドイツ語版を、最近ついに発見。「私の人生を変えた」というボブ猫の話は面白すぎて、あっという間に読んでしまい、通勤日数がまだ残っている始末。英語版では既に続編も出ていますが、そのドイツ語版が出るまでは、少なくとも半年待つことになりそう。まもなく日本語版も出版されるらしいので、あまり本文内容に触れたくはないのですが、ストリートミュージシャンと一緒に、路上に座るボブは猫なのですが、信じられないくらいじっとその場に居続ける。つい人間はいろいろと疑り深い考えが浮かんでくる。「車の往来激しい路上の片隅に座り続けているなんて、耳が聞こえないとか・・何かの神経が欠落しているのではないか。」「いやエジプト猫という血統種は何事にも動じないらしい。」「ボブの振る舞いは、そのような高貴な血が表出してなのか?」などなど下世話な考えに対し、ジェームス・ボーウェン氏あるいは、彼の出版エージャントは最後に哲学的な解説を用意している。私の残された通勤読書時間は、この類まれなボブの話を読み返すことになるでしょう。






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S-バーンの車内風景、




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by kokouozumi | 2013-10-03 05:58 | | Comments(6)


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