タグ:エネルギー ( 7 ) タグの人気記事

2016 夏





暫く、このメモ帳から遠ざかっていたので、言葉がなかなか出てこなくなった。無理もない・・つまりちょっと気になることを探す習慣からも遠ざかってしまっていたから。関心事がなければ言葉も生まれず、毎日は無関心な-としか思えないのだが-ニュースの氾濫をただ受け身に聞いている。だけど、そのような状況をあまり心地よいと思っていない自分も傍にいる。

自分の周りという環境があまりにもグローバル化されてしまったために、はっきりとしたことを言えなくなってしまったために、次々起こるテロ事件、飛行機事故、自然災害、だから世界中のどこにいても安全という事はもうありえないのよ・・といったような会話で、
日々の言葉を消費するのは嫌だな、という感覚。

だったら自分のために?どんな言葉を集めたいの?と、考えていたら思い出したシーン。
映画『8マイル』、エミネムがバスの中でメモしているシーン。彼が何をメモしているのかよくわからないのだが、カメラはバスの窓外に流れていく文字をことさら捉えていく。工場の名前、壁のいたずら書き、道路の方向指示、看板の文字、、ああそうか彼は目に映るすべての文字からライム(韻)を集めているのか、と想像させるシーン。実際にアメリカのドキュメンタリー番組『60分』の中でエミネムは、ライムをメモした多量の紙が入っている箱を出してきた。

有名になるのと同じ比率で非難も浴び続けるエミネム。『60分』の中でも、アメリカ中の、いや世界中の子供たちがあなたのスラングをまねしていることをどう思うかと質問されて、「躾は家庭でするもの。自分も娘の前では絶対汚い言葉を使わない。そういう事じゃない」と、答えていた。エミネㇺの真似をしたら、ひょっとしたら、国語力がアップするかもしれないと、大人は考えないだろうか。少なくとも辞書を見る習慣が身につくかもしれないのに。

『8マイル』よりもずっとずっと前のことだが、北欧の国際学校なるところで英語だけの授業を受ける体験をしたことがある。私が参加できるぐらいだから授業の内容はちょろかったといえるが、音楽の時間はずっとラップでこれには参った。国際学校だから世界中から学生が来ているわけで、ラップならアフリカ系黒人の得意技という事になっているが、その時アフリカ圏から参加していた学生は必ずしもそのノリではなかった。綿摘みをした祖先をもたないとダメか・・と思ってしまった。ましてやロシア人やスイス人それに日本人に何ができる。ひたすらアメリカ学生の背景で、ごまかしていた。

『8マイル』の主題歌はアカデミー賞を勝ち取ったが、どんな言葉を伝える?つまりメッセージ性の優れた例かもしれない。丁寧な日本語訳をアップしているバージョンを見つけた。私的に好きな『スタン』は言葉的には怖いけれど、オリジナルのダイドではなくエルトン・ジョンバージョンを加えて、2016の夏祭り!



















Eminem - Lose Yourself
上のスクリーン画面から、いずれ見れなくなった場合はこちらから


Eminem / Elton John - Stan










・・
[PR]
by kokouozumi | 2016-07-19 07:44 | Comments(2)

猫物語









早いものでパンクは今年の夏に7歳となる。
d0132988_6123442.jpg





今年春になって食欲が無くなる。連れて行った病院で大丈夫といわれたが、その後もっと食べなくなり、他の病院で歯垢菌さらに心臓がおかしい、血液検査の結果腎臓も心配と、いろいろの症状が並んだ。飼い主はひたすら処方された薬を飲ませ、病院に行っては体重をはかり、痛んだ歯が抜けた!と獣医さんが喜ぶ姿にあっけにとられ、なによりパンク自身が以前のようなのんびりした表情になってきたことでほっとしたり。その間外への出入りは、交通量の多い時間帯は避けながらも、前と同じように自由にさせていた。病気なのかどうかはっきりしないままに、薬を飲ませ、病院で買ってきた餌のみを与えた。これまでスーパーなどで買っていた餌よりプロテイン量が少ないらしい。両者をなめてみると、人間の舌にも病院の餌のほうがかなり薄味だった。パンクはその味を問題なく受け入れて、餌も薬も全く日常的なことになってきたある日の朝、茂みの中から足を引きずり出てきた。このところ余りにもいろいろな問題にびくびくしていた飼い主は、猫をキャリーバックに押し込んですぐさま病院へ。結果は内蔵からの影響による症状ではなく、単なる打ち身程度のことだった。筋肉痛の薬がさらに加わった。3種類の薬を飲みながらパンクはどんどん元気になっていき、どうしても外に出たい時は私の邪魔をするということを再び始めるようになった。机の上の消しゴムを転がす、鉛筆を転がす、ついには制作したばかりの器が置いてあるテーブルに乗り込んで脅かす。こちらもつい根負けしてドアを開けてしまう。次はそうやって家から飛び出していったパンクが戻らない事件が発生した。

猫が時々帰らないことは良くあると知っていても、帰ってこなければ心配である。家の周りの環境から交通事故ではないかとか、どこかのガレージに入り込んで閉じ込められたかとか、猫は外出中にいったい何処で何をしているか分からないので、あらゆる事故の可能性を数え上げてしまう。2晩が過ぎても一向に出てくる気配もないと、もういい加減あんたの心配ばかりしていられない!と猫に対して切れてみるが、切れた相手が不在なので、暖簾に腕立て伏せ状態のまま、帰ってくると飛び乗って知らせる窓枠に何度も、いや何分おきにか目をやってしまう。

そうしながら、手先では仕事を続けながら、頭の中ではパンクのこれまでの7年間を思い出していたりする。ペットである猫の一生は飼い主によって左右されるのだろうか、いや気ままな種族の猫が居ることによって飼い主の生活にも不意の一喜一憂がもたらされるではないか。とりあえず居なくなる心配をしたくないなら、家の中に隔離すればいいのか?それだっていつか何かが起こりえる。結局のところ、ここにも正解というものは無いらしい。

幸いパンクは3日目の夕方、見知らぬご夫婦に保護されて戻ってきた。私が買い物に行くのを追いかけて、交通量の多い道路を横切りスーパーマーケットの駐車場にいた。私は気が付かずさっさと戻ってしまった後、パンクは道路を横断するタイミングを狙ってうろうろしていたところを、猫好きの夫婦が保護し、親切にもその道路沿いの飼い主を探してくださったという幸運な経緯だった。

ああ、良かったと、この猫物語をハッピーエンドで終えようとしていたら、パンクは再び消えてしまい物語りはエンドロスになっている。これまでのすべての事件を総合すると、パンクは今どこかに足止めされているに違いない。それがどんな状況なのか、再び想像をめぐらせることになる。飼い主は薬を飲ませることが出来ない日々を心配しているが、猫のほうはもう薬なんか飲みたくないのかもしれない。動物の本能と、人間の都合によるペット管理の狭間で、いきもののおきては、どんな判断を下すことになるのだろう・・・。






d0132988_6125684.jpg


工房にこんなダンボールが届いた




d0132988_6131732.jpg

それはパンクの家だった。
近所に九州から引っ越してきた子供達が作ってくれた
パンクはその中でお昼寝をした








d0132988_6133851.jpg


そのうち箱はちょっと違うつくりになった





d0132988_6135775.jpg

子供達は、パンクの食堂を増築したのだった。
パンクは子供達の目の前で、その食堂でご飯を食べた









d0132988_6141551.jpg


パンク!みんなが君を待っているよ。
[PR]
by kokouozumi | 2014-05-18 06:23 | | Comments(0)

薪を買って迎えた第2アドベント












1922年建設当時の基本システムがそのまま残るこの家には、独逸に来てから当然と思っていたセントラルヒーティングではありません。頼りは薪ストーブ、それに補足のガスストーブです。

住み始めたのは10月中旬。普通の家では暖房をつけるのにまだちょっとはやい時期でしたが、外のほうが暖かく感じるほどこの家は冷え切っていました。薪、ブリケット(練炭)、豆炭・・・まるでこの家に付随する家具調度のように、とりあえずの燃料が残っていたので、早速家を暖めることにしました。

それからというもの毎朝の始まりは、コーヒー豆を挽くことに始まるという優雅な朝から一変して、ストーブの灰掃除。起きるなり作業着に軍手着用という姿に抵抗を感じないですむのは、陶芸家の利点かもしれない・・・。台所のストーブから灰の溜まった箱を取り出し、その上に空になった薪とブリケットの箱を重ね持ち、地下に降りる。地下から中庭に出て、灰を捨てる。今日分のブリケットを箱につめる。薪の束から焚きつけ用の細い薪と、本焚きの太い薪を選ぶ。そんなことをしているとあっという間に30分は経過。これじゃ何のために電車通勤を返上して、この家に住んだの?という嘆きを、いや時間の問題ではない、自分の空間を動きまわれることのほうが大事!と、打ち消す。

12月になって、そんな生活にもだいぶ慣れてきました。慣れないとこなせない課題が増えたから・・・。地下のストーブも焚かなきゃ。家が冷え切っていた原因は地下部分の冷たさにもある・・というので、住居部分では全く無い場所でせっせと薪焚き。
今度春が来たら、これまでの人生で最大に嬉しい季節になりそう。

約1ヶ月半のストーブ焚きで、冬の間に必要な焼成燃料の量や、種類の割合が読めてきました。薪を買わなければ。日本のホームセンターに相当する建築資材屋では、各種の暖房用燃料材を売っています。が、暖房燃料専門店つまり昔の炭屋さんや薪屋さんを探してみることにしました。驚いたことに、重いブリケットの束を担いで配達するような炭屋さんはもう存在しない。代わりにホームセンターで配達まで請け負っています。薪屋さんはありました。が、専業ではなく自分の家でも薪ストーブを使っている人が、いわばホビーで他人の薪を用意している。私がコンタクトした薪屋さんは、親の代から薪ストーブのある家に住み、薪調達はもっとも安価で手に入る、市の木材競りに参加するのだそうです。市の広報誌を注意していると、5月ごろ競り情報が載り、そこで自分の家で使う以上の木材を競り落とし、薪にする手間賃を加算して販売しているのです。私が電話した時、即座に『ストーブの大きさは?』と聞かれ、一瞬戸惑いましたが、ストーブの焼成室の深さ、焚き口の縦横寸法を知っておくことが、薪割りに大事なのだと気が付きました。そこで私のストーブの各寸法を伝え、適したサイズの薪を注文することが出来ました。ちなみにその薪のサイズはホームセンターで売っている標準規格品の寸法です。昔、薪ストーブが暖房の主流だった頃には、薪割り人、薪屋さんが商売しやすい規格サイズが必要だったと思います。

昔、薪、とくればどうしてもオイラーの世界を思い出します。オイラーたちも春先に、今年営林署が競売にかける樹を見つけるために、森へ散歩します。彼らは切り倒される前のその樹が何処に育ったものかを重視します。南斜面か、北斜面か。それによって同じ量を買い込んでも、窯焚きの際のエネルギー量が全然違うのです。春先の日曜日、山の中で何人ものオイラー達がうろうろし、時に同僚として、ある樹の根元で評価を交換し合う。競り落とした樹は、山から直接窯場に運ばれるのではなく、それぞれのオイラーが確保している材木置き場に一旦保管されます・・・。

話は尽きないですが、昔の窯業地には窯屋の煙突ばかりではなく、独特の光景が四季を演出していたようだ。日本の田園地帯、秋の稲掛け風景などのように。


さて、薪が庭に積み重なり、ブリケットはホームセンターに注文し、遅まきながら越冬の準備が整ってきたところです。毎朝のストーブ準備も、オイラーの話を思い出しながらという余裕が出てきました。






d0132988_7244360.jpg

台所のストーブ



d0132988_6582012.jpg









d0132988_659297.jpg

上のダフト部分から熱は台所と背中合わせの部屋に流れます





d0132988_6584297.jpg


太い薪、細い薪、ブリケットが場所をとる、台所入り口









d0132988_6591518.jpg


隣の部屋はこうなっています







d0132988_6593171.jpg








d0132988_6594625.jpg


地下のストーブ
奥の丸いストーブは、かつての風呂沸かし用






d0132988_7251317.jpg


ガスストーブも年代モノ
[PR]
by kokouozumi | 2013-12-10 07:51 | 人々 | Comments(0)

人々と経済 2



もっと、素早く続編をアップする予定でしたが
急な日本への帰国が、間に入ってしまいました。
成田空港で帰路のフライトを待つ間、待合室のTVチャンネルを誰かが国会中継に合わせ、それをぼんやり眺めていたのですが、若い議員が「次の世代に何が残せるかを考えた・・・政策」というような発言をしていました。今、世界中で問われているテーマです。


私はだいぶよれよれになってしまった、この新聞記事と訳をメモしたノートを取り出して、日本滞在中のことと、頭の中の切り替えを始めました。





d0132988_753457.jpg




「午前9時、ホワイトハーヴェンの市役所会議室にて市長に会う。社会民主労働党員であるその人は10年間市長を勤めているベテランの地方政治家である。ダイエットコーラを机に置き、マールボロを喫煙する彼女の鼻にはピアスが光り、両手首に刺青がみえる。
『この町の就労者に対する約半数の職場がセラフィールドにある。もし5年以内にその再処理施設が閉業するとしたら、取り片づけ仕事に千の職場が継続すると思うが、他の数千の仕事が消滅することになる。原子力再処理の終わりによって、この町の職場市場破壊が懸念される。』

しかし市長は、核ルネッサンスという一塁の望みを持っている。ドイツが原子力に背を向けている今、イギリスは野心的にヨーロッパ中の原子炉撤去プログラムを考えている。
イギリスでは、18年前から原子力発電所の新設は行われていないが、8箇所の既存発電所は、5年以内に新しい原子炉が設置されなければならないだろう。その中の一箇所がセラフィールドだが、はっきりした建設計画はまだ出されていない。

インターナショナル・エネルギーコンツェルンがこの新原子炉に投資する予定だったが、イギリス政府との交渉(長期補償の生産電力、最低買取価格に関する)が続けられている。既にドイツの電力会社2社が、この核新プランと決別する意向であり、フランス・スペイン(コンソーシアム)からの融資が可能性として残されている。

市長はこのような原発依存による町の存続を、望んでいるわけではないのだが、他に方法がない。そもそもホワイトハーヴェンのような、セラフィールド近辺の住民たちに、自分たちの里が核産業の中心地となるべきかどうかというような質問すらなかった話だ。政府は第二次大戦後、核施設を簡単にこの町のそばへ建設したが、当時ロンドンに居た大臣たちの半数はSellafieldがどこにあるのかすら、わかっていなかったと思う。

経済危機に直面したイギリス政府は、何世代にも渡って国中の地方自治体の予算切り詰め政策を行ってきた。この町でも多くの支出がカットされ、郷土博物館を自前で維持することも出来ず、セラフィールド敷地内に間借りしている。町の文化行事も核産業からの寄付金なしには不可能な事情がある。」

原子力施設の事後処理をおこなうNDA経営者の話。
「国は節約を続けているが、我々はさらに巨額の資金を必要としている。昨年度だけでもイギリス政府はセラフィールドに19億ユーロを支出している。この手間のかかる原子力廃墟の廃棄物処理に国家金庫は一世紀以上の負荷を見通している。イギリス会計検査院の最新見積では、3年前のデータより250億ユーロ多い、800億ユーロを計上した。
セラフィールドも現在、国の経費削減の対象となっている。我々は、どの仕事がこの場所で急がれるか、どの仕事は待つべきかを判断していかなければならない。」

この記事は、原発反対運動者とのインタヴューで締めくくられている
「70歳になったばかりのその人に会うには、迷路のように途中で道が消滅するような道なき道を進まなければならないが、サテライトナビ装着の車でセラフィールドから約1時間でたどり着いた。彼とその奥さんはセラフィールドの町に住んでいたが、原発反対運動者はその町にとって、部外者だった。誰かが知らぬ間に、彼の車の車輪ボトルをはずしてしまったり・・・というようなことが相次ぎ、20年前町、原野の中の農家に引きこもった。彼の率いる反対運動グループには、25年前の運動が盛んだった頃には数千人のメンバーが居たが、徐々にその人数は減って、現在は200人ほど。福島の後にもその数に変化はなかった。しかし彼は本と紙に埋もれた小さな書斎に座りインターネットを使った調査や、報告書作成に携わっている。週に三回、運動メンバーはセラフィールド反対キャンペーンを行っているが、時には一人で孤独な活動になることもある。セラフィールドは近辺住民に対する、年に数回の説明会を設けているが、その際に批判的質問を発するのも、殆ど彼一人の役割として定着しており、質疑応答が始まると、頼みもしないのに、マイクが廻ってくる。

報われない仕事に対するフラストレーションが起こらないのだろうかと聞いてみた。
彼は、多くの人々にとって報酬を与える場所に対峙するところに立っているのだから、それは当然の成り行きと見ている。しかし極わずかでも反応があることのほうが大事だと捉えている。反対される側からも、彼の専門知識は評価されている。彼はセラフィールドの施設閉鎖が正式に公示されるまで運動を続けるつもりだ。

彼はある逸話を付け加えた。
数年前、セラフィールドに原発新設の計画がもたらされた時、住民たちは反対した。
しかし彼らがなぜ反対したかというと、『新しい冷却塔が、海に沈む夕日の景色にとって邪魔になる』からだった。」
[PR]
by kokouozumi | 2013-04-15 08:12 | 人々 | Comments(2)

人々と経済




冬の日のこと。
泥んこ足で帰ってきたパンクを追い掛け回していたら、彼は新聞の上に逃げ込んだ。
陶芸工房では新聞は読むためより、急な乾燥を防ぐカバーとして、梱包材としての利用度が高い。ときどき偶然開いたページの内容に作業の手を止めることもある。今回はパンクの泥んこ足がきっかけだった。






d0132988_712950.jpg



この風景写真を思わず注視したが、『原子の町』というタイトルに気が重くなった。読まずに無視するわけにもいかない・・・。

「もし、何か危険に感じられることがありましたら、指摘してください。外部の方のほうが私たちより、多くを御覧になると思いますから。バスに乗り込むときに、案内人が発した言葉に耳を疑った。しかしこれは冗談ではなく、まじめな問いかけなのだろう。」

記者を乗せた小型取材バスはセラフィールドの入り口で取材許可証のチェックを受け、その敷地内へと走り出す。

「イギリス北西の突端、アイリッシュ海に望みかつてケルト系のカンブリア人が住んでいたと聞けば、妖精が住む幻想的なイメージを持つのだが、ここほど多くのプルトニウムを有する場所は世界の何処にもない。長崎に落とされた原爆は6kのプルトニウムなら、セラフォールド(Sellafield)には112000kgという天文学的数字の黄色い粉が金属管の中に詰まっている。このプルトニウムは焼却済み原子炉からの残留物を再生処理したもので、およそ50年代から世界中の核燃料物質を加工している。ドイツもその上位顧客のひとつだった。

6km2 の敷地に約1400の建物が収容されているセラフィールドは、世界で最も危険な場所のひとつといわれているが、この使用済み核燃料の再生処理施設も、需要不足の理由で2018年には閉鎖の予定。福島の事故以来、海外からの問い合わせが全くなくなってしまった。その後に残されるのは放射能を帯びた廃棄物の廃墟。

バスの向かう前方に、がっしりしたコンクリート製煙突が1本見えている。既に閉鎖されているウィンドケーズ(Windscale)のもの。ウィンドケーズとはイギリス政府が第二次大戦直後の50年代に開設した、核兵器のためにプルトニウムを製造していたウィンドケーズ原子力研究所のことだが、長くは続かず1957年にこの煙突から火を噴いため、閉鎖となった。今日まで、それはイギリス最大の原子力事故とされている。125mの高さで今も聳えるこの煙突は、冷戦時代の核に汚染された記念碑ということになる。その背後にはコルダー・ホール(Calder  Hall)ひっそりと控えている。世界初の営利を目的とした原子力発電所である。50年代当時、信望を集めたハイテク施設は1956年に作動を開始したが、10年前に廃業している。いつ発電所が解体されるかは、いまだわからない。

Sellafieldはまるで原子産業の陰鬱な博物館のようだ。しかし恐れられているのは、目に見える核の歴史的残骸物ではなく、放射能を温存しているだろう周辺の環境である。敷地内の水プールには60年代から高放射性廃棄物が貯蔵されている。今では腐った核の沼に鳥が出入りしている。再生施設は海に面しているが、80年代まで相当量の汚染水が海に流されていた。そのことは、周辺の国、アイルランドやノルウェイにとって長い間、重圧となっている。重金属、プルトニウムの半減期は24000年。それが海底に堆積されている。」

記事の前半はそのように、取材バスが辿る風景とともに、『原子の町』Atomstadtという見出しの来歴を伝えている。この記事はフランクフルター・アルゲマインの経済面、2ページ目、全面記事として掲載されているが、そのページには『人々と経済』という紙面タイトルが付いていた。その後しばらく同紙の経済面に注意していたが、『企業人』というのはよくあっても、『人々と経済』というタイトルは一回性のものだったようだ。
記事はその後、セラフィールドの現在を伝えるために人々とのインタビューを軸にして展開していく。

「セラフィールドから北にわずか数キロの位置にホワイトハーヴェン(Whitehaven)という町がある。住民2500人。メインストリートにはセコンドハンドの商店が軒を連ねている。幼子を乳母車に乗せて、そこを通りかかった母親は、「多少私たちは無知かもしれない。ここで生活するには知らないでいるしかないのよ・・」と、困惑気味に言う。その夫は「核企業なくして、この町は存続しないだろう」と説明する。セラフィールドは約1300の職場を高給で提供している。

ホワイトハーヴェン地方紙を見ると、「セラフィールドにはスコットランドの原子力発電所から、更なる放射性廃棄物が入る予定である。約44トンが5年間に渡って運びまれる予定。」ドイツではセラフィールドへの輸送船ボイコットのため、座り込みデモが行われていたが、この町にとっては、それらの危険物の到着がまるで喜ばしニュースになっている。そして財政窮乏の自治体は代償としてイギリス原子力廃止借置機関(NDA)から百万ユーロ相当の補助金を期待できる・・・と続く。

長いのでこちらも後半に続けます。
[PR]
by kokouozumi | 2013-04-01 07:03 | 人々 | Comments(6)

寒波

このところラジオのアナウンスも、新聞も寒波の到来を告げています。

d0132988_4144067.jpg


それに加えて昨日はウクライナ経由でロシアから来る天然ガスパイプラインが閉められて、ガスが届かないのニュースが一日中にぎやかでした。新聞のタイトルも寒波とこの天然ガス・パイプラインの揉め事を含めて、一面記事は「氷河期が来るか?」のタイトルにロシア風の帽子を被る誰かの写真。初めロシア女性かと思ったこの写真の人物はどうもプーチンらしい。

ウクライナがロシアから買っているガス代2008年度分が未払いなことと、値上げを受け入れないから、止められた!というこの争いは、殆どロシアのガスに依存しているブルガリヤには昨日朝から全くガスが届かないとか、スロバカイは昼からガス不足などの状態。この寒いときに!!今日になって解決するとのニュースに変りました。

それにしても面白いのは、「寒さ」というテーマの様々なお話です。新聞では特に夜の外気がマイナス26度にもなった地域の様子を伝え「混乱?20年まえだったらね。今は備えというものがある。それに今は冬だ。バスは朝の新鮮な空気のなかを走っている・・・」動物園では「フラミンゴは丸くなり、象は耳を縮め、キリンは部屋から出られないけど、白熊のクヌルト(ベルリン動物園で生まれた人気者)は寒いと思っていない。飼育係はわざと餌をばらばらに置いて動物達が動くように工夫・・・」

ラジオでは一日中「寒さと戦う」視聴者各自の術を電話で聞いています。ある主婦が「生姜がいいのよ」と、確かに!甘酒に生姜が思い浮かんでしまいます。またあるドライバーは「マイナス23度以下になったらディーゼル燃料の車に乗らないこと。その温度でディーゼルはゼリー状になるよ・・・」へーそうなんだ。

昨年であったスウェーデンの学生はストックホルムからさらに1000キロ北に住んでいて、年に数回マイナス40度になるといっていました。「何しているの」「部屋から出ません」キリンと同じだ・・・

マイナス5,6度での自転車走行は問題なし!多分マイナス10度までは何とかなると思う?・・・ただし皮手袋は必修、下に布または毛糸の手袋をして、その上から皮手袋をするのが理想的。


d0132988_4153249.jpg

フライブルクはドイツの南の端っこで、寒波といってもこの程度の雪。
(ベランダの階段)




d0132988_4163756.jpg

一般道路の雪は全く残っていないけど、林の中の道には撒いた程度に残っています。
(買い物にいく道)
[PR]
by kokouozumi | 2009-01-09 05:38 | Comments(20)

エネルギーニュース

12月14日のラジオから流れたニュース。
2008年から、フライブルク市(人口20万人)の一般家庭電力は原子力発電からの供給がゼロになるそうです。

フライブルク市(電力利用者として市が直接管理する)の電力消費量は総計約3千万Kw時(一般家屋の電力消費が1千8百万Kw時+ 学校、公共施設、路上照明等が1千2百万Kw時)と計算されています。

12月15日の新聞に電力供給会社のコメントもあり、その中にたとえば1億三千万Kw時の電力を水力発電会社から購入とありました。それがこれまでの原子力発電からの供給分の一部に当てられるという記載があり、上記の市全体の消費量があまりにも違うことに気が付きました。其処にM野さんの指摘があり、市のインフォを再読。上記のように訂正します。
電力供給会社が抱える15万の一般消費者に対してエコ電力が提供されることは間違ないようです。(3500Kwに対して基本料金を設定していますから、15万の顧客として単純計算すると5億Kw時以上。ちなみに昨年の私の住居内での年間使用電力は3400Kw時) その他に工場電力消費などの規模が違うところでは、四分の一、約1,5億Kw時の電力が原子力発電から供給される。(フライブルク市利用者全体に対する電力供給量は約12億Kw時。そのうちの約半分が産業用電力でその4分の一が原子力発電からの供給に頼ることになる・・)
電力供給会社が、その様に踏み切った、最大の原因は、多くの(約5万世帯分)の電力消費者が、エコ電力のみの供給に切り替えたことからだったそうです。


(上記、市管理の)それらの電力のこれまでの供給元割合は、化石燃料発電から57,1%、再生可能エネルギーから17,2%、原子力発電から25,1%でした。

それが2008年1月から、60%が天然ガス主力の熱コージェネ発電、40%が再生可能エネルギー(水力、バイオマス、風力、ソーラー)からの供給になるそうです。

2009年からは再生可能エネルギーによる供給を50%に持ち込む予定。

原子力発電からの(2008年からは一般消費者に対して達成)電力供給をゼロにする試みはドイツ国内の地方自治体としては、フライブルクが2番目とのことですが、他の1都市が何処なのかは確認できませんでした。

緑の党所属の市長サロモン氏は― ・・1986年から反原子力発電の取り組みは地域電力供給の中心に置かれてきたが、エコロジーなエネルギー供給への長年の取り組があって、一歩踏み出すことが出来た。「2030年までにCO2放出を40%削減」がこの6月の市議会で話し合われたが、この決定が重要な礎石となるだろう。。。とコメント
(以上市のインフォサイトで確認)

訂正した部分が多くて、見苦しい記事で、申し訳ありません。が、この市の取り組みと、それを下から動かす市民の意識があったことは、見逃せませんでした。

d0132988_861145.jpg

雪のフライブルク(絵はがき)
[PR]
by kokouozumi | 2007-12-15 08:10 | Comments(8)


メモ


by kokouozumi

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

全体
陶芸
美術
オイラー
人々

独逸

未分類

タグ

Blog & HP

以前の記事

2017年 09月
2016年 09月
2016年 07月
more...

検索

ファン

記事ランキング

画像一覧