庭の展示会









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昨年10月から住み始めた家の中庭で展示会をしました。






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この家の佇まいは背景として、とても面白い要素がいたるところにあります。
作品を無視して、その辺を捉えようとした場面ばかりになりました。










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しかし・・・この展示会の間に生まれた傑作もあります。










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展示会の2週間前から、この家に住み始めたちび猫姉妹
パンクの故郷へーリンゲン村からやってきました。
名前はメリーとジェーン
そう、いつまでも君を忘れないよと歌われているメリー・ジェーン
それはパンクへの思いもこめて

このちび猫たちを見せてくださいとやってくる近所の子供達3人
あのパンクの家を作った3人です
一番下の女の子が描いたメリーとジェーン
部屋のテーブルの上の植木鉢、暖炉、イス・・・そのの中で子供達は
猫を遊ばせようと、こんどは特別の紐を作ってきてきました。

彼女の記憶する情景

メリー・ジェーン、良かったね!あなたたちを愛する人がいっぱいそばにいて
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# by kokouozumi | 2014-06-23 06:59 | 陶芸 | Comments(0)

WMで始まるドイツの夏









蒸し暑い日が続いているドイツですが、
暑苦しいほどの熱気をなんといってもWMがもたらす・・・ドイツです。

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いつものように、仕事場の友、ラジオを聴きながら過ごしているのですが、
今、ドイツナショナルチームがフランクフルト空港から出発しました。
今、ドイツチームがブラジルに到着しました
今日、ドイツチームは・・・
といったニュースが次々伝えられ
その余りにも些細な事柄を伝える手段でWM熱を盛り上げる放送の努力に
おかしくなって、つい陽気な気分になるから不思議です。

WM陽気に忘れられていますが
今日は13日の金曜日でした。
そこで、いつも聞いている『人々』というインタビュー番組には
心理マジシャンなる人物が登場しました。
ラスベガスに出演するコパーフィールドのような大掛かりトリックを使わないのが
心理マジシャンということで
心理学+暗示+数学を駆使して、人の心を読んでしまうというのです。

2年前に、その心理魔術とかいう分野の世界チャンピオンになったというのですから
相当凄腕らしいのですが、話を聴いている限りでは、どれほどすごいのか良く分かりません。

最終的には、今回のWM優勝チームを予言せよと、迫られるわけで
それが、本当は彼を登場させた最大目的で番組の目玉だったと思えます。
しかし、ついにその魔術師さんはその場で発表することをせず
司会者に封筒に入った、彼の予言を渡したのみ・・・
約一ヵ月後、WMが終わる頃に、彼の予言を思い出す人が居るのだろうか??
私も忘れそうですが

気になるな・・・
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# by kokouozumi | 2014-06-14 08:01 | Comments(0)

猫物語 映像編










パンクはついに帰ってこない。
飼い主二人はといえば、外出から戻ると、パンクがひょっこり玄関先に座っているのではないかと、一瞬玄関先をくじを引くような気持ちで見つめてしまう。逆に外に出る時はドアを開けた途端に車の下からパンクがおずおずと這い出してくるのではないかと、路上駐車している車の下の気配を探してしまう。そしてパンクがぴょんと飛び乗ってくることを、いつか姿が現れるかもしれないという一抹の期待を持ちながら、時々窓に目をやってしまう・・・、それは自由に外出させていたパンクの帰りがいつもより遅いとき、そうして待っていた習慣であり、これまではそのうちのどれかの登場の仕方で、彼は帰ってきていた。寂しいことに今回はそのような登場がついにない。

近所の人々やいつも工房の前の道を通っていた人々が、一様に残念がってくださる。お世話になっていた動物病院に連絡をしたら、もしかしたら誰かがこの病院に連れてくることもあるかもしれないから、すぐにあきらめないで待ちましょう、との応対だった。

希望を持ち続けるのがいいのか、きっぱり諦めたほうがいいのか分からないが、どちらにしてもパンクの不在は、これからしばらくの間生活の中の空洞となって、その虚無感を追い出すよう飼い主は自分で自分のネジを巻き続けていくしかないだろう。

飼い主二人は寂しさを紛らわせるために、思いつく限りの食べたいものを考えては、料理している。食べながらGPSを着けて置けばよかったとか、猫一匹いなくなって寂しいと思うなら、また猫を飼って紛らわせるしかないかとか、おっちょこちょいのパンクは、今頃まだ死ぬには早かったと気が付いているのではないかとか、取り留めの無いことを話している。そして・・・自分たちの仕事に集中せよということかな、と最後には思う。

寛太氏が8年間制作を続けていたへーリンゲンの工房でパンクは生まれた。新しい生命が工房で誕生したことはとても良い兆候であると、周囲のみんなから喜ばれた。

それから今日までさらに6年が過ぎてきたのだが、それはパンクにとっても飼い主にとっても、住処を次々に変えていくことになる、激動の年月だった。母猫も弟もいなくなり、一匹になったが、どの場所でもたちまち周りの人々を癒す存在として、人気者だった。

その時間を、人間の言葉で解説するよりも、パンク自身の姿としてメモしておこう。




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2008年 ミルクママの一人っ子として誕生 




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5秒止まれ体操のしつけ中。




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目の炎症を起こす



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それでも元気に陶芸教室参加!みんなの靴下をかじりまわる



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さらにテーブルの上でみんなの仕事を観察




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遊びつかれて


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ミルクママと一緒にフライブルクにやってくる。まもなく弟ロックが生まれる



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家族三匹で寛太新工房のオープニングに参加




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ひとりになったね



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2010年2歳の冬


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エヒターディンゲンの日々、ブラッシングが大好き



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2012年 夏




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2014年4月
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# by kokouozumi | 2014-05-30 08:07 | | Comments(0)

猫物語









早いものでパンクは今年の夏に7歳となる。
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今年春になって食欲が無くなる。連れて行った病院で大丈夫といわれたが、その後もっと食べなくなり、他の病院で歯垢菌さらに心臓がおかしい、血液検査の結果腎臓も心配と、いろいろの症状が並んだ。飼い主はひたすら処方された薬を飲ませ、病院に行っては体重をはかり、痛んだ歯が抜けた!と獣医さんが喜ぶ姿にあっけにとられ、なによりパンク自身が以前のようなのんびりした表情になってきたことでほっとしたり。その間外への出入りは、交通量の多い時間帯は避けながらも、前と同じように自由にさせていた。病気なのかどうかはっきりしないままに、薬を飲ませ、病院で買ってきた餌のみを与えた。これまでスーパーなどで買っていた餌よりプロテイン量が少ないらしい。両者をなめてみると、人間の舌にも病院の餌のほうがかなり薄味だった。パンクはその味を問題なく受け入れて、餌も薬も全く日常的なことになってきたある日の朝、茂みの中から足を引きずり出てきた。このところ余りにもいろいろな問題にびくびくしていた飼い主は、猫をキャリーバックに押し込んですぐさま病院へ。結果は内蔵からの影響による症状ではなく、単なる打ち身程度のことだった。筋肉痛の薬がさらに加わった。3種類の薬を飲みながらパンクはどんどん元気になっていき、どうしても外に出たい時は私の邪魔をするということを再び始めるようになった。机の上の消しゴムを転がす、鉛筆を転がす、ついには制作したばかりの器が置いてあるテーブルに乗り込んで脅かす。こちらもつい根負けしてドアを開けてしまう。次はそうやって家から飛び出していったパンクが戻らない事件が発生した。

猫が時々帰らないことは良くあると知っていても、帰ってこなければ心配である。家の周りの環境から交通事故ではないかとか、どこかのガレージに入り込んで閉じ込められたかとか、猫は外出中にいったい何処で何をしているか分からないので、あらゆる事故の可能性を数え上げてしまう。2晩が過ぎても一向に出てくる気配もないと、もういい加減あんたの心配ばかりしていられない!と猫に対して切れてみるが、切れた相手が不在なので、暖簾に腕立て伏せ状態のまま、帰ってくると飛び乗って知らせる窓枠に何度も、いや何分おきにか目をやってしまう。

そうしながら、手先では仕事を続けながら、頭の中ではパンクのこれまでの7年間を思い出していたりする。ペットである猫の一生は飼い主によって左右されるのだろうか、いや気ままな種族の猫が居ることによって飼い主の生活にも不意の一喜一憂がもたらされるではないか。とりあえず居なくなる心配をしたくないなら、家の中に隔離すればいいのか?それだっていつか何かが起こりえる。結局のところ、ここにも正解というものは無いらしい。

幸いパンクは3日目の夕方、見知らぬご夫婦に保護されて戻ってきた。私が買い物に行くのを追いかけて、交通量の多い道路を横切りスーパーマーケットの駐車場にいた。私は気が付かずさっさと戻ってしまった後、パンクは道路を横断するタイミングを狙ってうろうろしていたところを、猫好きの夫婦が保護し、親切にもその道路沿いの飼い主を探してくださったという幸運な経緯だった。

ああ、良かったと、この猫物語をハッピーエンドで終えようとしていたら、パンクは再び消えてしまい物語りはエンドロスになっている。これまでのすべての事件を総合すると、パンクは今どこかに足止めされているに違いない。それがどんな状況なのか、再び想像をめぐらせることになる。飼い主は薬を飲ませることが出来ない日々を心配しているが、猫のほうはもう薬なんか飲みたくないのかもしれない。動物の本能と、人間の都合によるペット管理の狭間で、いきもののおきては、どんな判断を下すことになるのだろう・・・。






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工房にこんなダンボールが届いた




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それはパンクの家だった。
近所に九州から引っ越してきた子供達が作ってくれた
パンクはその中でお昼寝をした








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そのうち箱はちょっと違うつくりになった





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子供達は、パンクの食堂を増築したのだった。
パンクは子供達の目の前で、その食堂でご飯を食べた









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パンク!みんなが君を待っているよ。
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# by kokouozumi | 2014-05-18 06:23 | | Comments(0)

巻きっ子ドリプラ 2 応援され続けて









私が巻きっ子ドリプラのコメンター役を務めることになったのは、Stuttgart日本人会の代理人として。

海外在住日本人の多くの方々が、個人としてまたは団体として、そのように何かしらの支援活動を継続されているのではないかと想像します。Stuttgart日本人会は3・11から1年、2年が過ぎて、支援活動は一過性のことなのか?さらにどのように続けるべきか、という岐路に立っていたとき、被災地の子供達が自らの夢を語るという、巻きっ子ドリプラ応援を決定しました。

それから1年の間、そのドリームプラン・プレゼンテーション計画が進行していく様子を関連FBサイトで傍観していた・・ということは、支援活動を続けようという決定によってもたらされた役得だったと思います。プレゼンターの募集、応募が少なく枠を広げて再募集。5人の子供達が決まってくる。その辺までは大丈夫かな?とはらはらしていたのですが、そこからの後半戦展開が鮮やかでした。他の町でのドリプラを子供達や実行委員会メンバーが一緒に見学。プロ野球選手になりたい子はバッティングセンターに行く。モデルになりたい子は浜辺で波を背景にポーズを取ってみる。漁師になりたい子は実際の漁師さんと刺し網体験。ピアニストになりたい子のお母さんがバックミュージックの伴奏を。大工になりたい子は設計図を描いたり、建築家の事務所を訪問。これって・・・それぞれのプレゼンテーションに必要なシーンかもしれませんが、同時に子供達は夢に向かって第一歩を踏み出しているではないですか。あるお母さんは、「こんなに子どもの夢を真剣に考えたことって今まで無かったかもしれないわ」と思い。あるお父さんはモデルさんの歩く練習のため、地面に竹で矩形を作ってしまう。子供達が夢を語る場面を設定したことで、次第に周りの大人が熱くなっていく・・・そんな様子を傍観していた遠くStuttgartの私たちも距離を忘れて熱くなり、もう誰が応援されているのか、応援しているのか、わからなくなってきました。




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1年後、5人の小学生がいよいよ発表する会場に向かって、渡波小学校の校庭を横切っていました。連なる教室はきれいに修復が完了しています。1年前に見つけた、破壊された校舎前面を覆う花とメッセージが描きこまれた板パネルは取り外され、代わってそれぞれの教室前に花壇ができており、クリサンセマムという名の花が咲き始めています。
花の壁画パネルがなければ荒涼として寒々しかった、昨年の校庭を思い出すと、何処にでも咲いているようなこの花がなぜかとても貴重な彩りとして、印象的です。



5人の発表は立派でした。PC操作を支援するスタッフによってまとめられた映像は、5人が夢に向かって動き出した様子を伝えます。コメンターの一人として隣に座っていた声楽家の女性は、青空応援団の演舞に、このまじめさが良いとつぶやき、思わず彼女の横顔をみつめてしまうと、近頃はなんでもおちゃらけで流してしまう傾向があるから・・・とささやきました。

5人の子供達はドリプラに応募した日から、それぞれの中にある何かの芽を少しづつ伸ばし続けてきたのかも知れません。そして直接、間接に応援してきた大人たちの中にも、
何かが芽生えていった1年間でした。実行委員長の菊地さんは、これだけ多くの有難うを言い続けたことはなかった、と表現していました。わたしたちはみんな、あの何処にでも咲いているようなクリサンセマムのように、どこかの土地に平凡な生活を送りながら、心に何かが芽生えることを喜んでいる。生物学上それは当然のまじめな喜びなのかな。






最後に渡波に伝わる伝統芸能、獅子風流塾(ししまいと読む)の様子をよろしかったら御覧ください。
塾長の近藤さんと保存会の5名が現在3歳から高校生までの30人に技能を指導しています。






前奏のあと、獅子の登場を告げる口上をのべるのが近藤塾長かな。その後のリズムとメロディは、子供の頃獅子舞の追っかけをしていた私にとって、とても懐かしい。近藤さんは震災前20もの獅子頭を集めていたとのことです。ドリプラ会場には、このビデオと同じように3頭の獅子が登場しました。
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# by kokouozumi | 2014-04-25 03:58 | 人々 | Comments(0)

巻きっ子ドリプラ その1 応援団








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2011年震災直後の渡波小学校です
海から3Km(5~600mでした)ぐらい離れたこの校舎1階は波が貫通
この学校の裏手に立っていた私の実家も床上2m弱の浸水

小学校はその後間閉校して補修のみで再び利用できるのかまたは取り壊しになるか、市の調査を待つことになりました。その間子供達は他の学校に間借りして勉強していました。




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他の学校に通いながら、地元の小学校が気になる子供達
彼らの気持ちを察した学習塾の先生が
子供達と一緒に、学校の1階部分をふさいでいる板塀に花の絵を次々描いていきました。

私は昨年の帰郷時にこの絵を見つけたことから
巻きっ子ドリプラの計画も知ることになりました。





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2014年3月29日。ドリプラ開催日に訪れた渡波小学校は美しくよみがえっていました。
幸い1階部分の修復だけでしたが、3年後の今年3月末に再開校です。





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私がこの学校に通っていた時、校門の脇、松ノ木の下には
あの勤勉な子供を代表する二ノ宮金次郎の像があったはず・・・

ありました!今も校門脇の松の木下に








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子供達と一緒に、花の壁画を描いた学習塾の先生
彼が今回の巻きっ子ドリプラを企画・演出・実行した菊地さんです
当日の朝、最後のリハーサル中のプレゼンターの子供達と菊地さん









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そして舞台の下には、この一団が控えていました。


ドリプラの開幕は石巻市長の祝辞
そして実行委員長、菊地さんの挨拶があったはずです

しかしコメンターとして参加することになった私は
会場に入って初めて、5分というコメント時間を知り
えっ!プレゼンター10分に対して5分も話すの!!
と、うろたえる余り、祝辞も挨拶もろくに耳にはいらない
5分のしゃべりの構成をどうしようかと
もちろんプレゼンを聞かなければどうにもならないのに
展開を予想しまくっていました。


そこに突然始まったのが、青空応援団
宮城県のさまざまな応援団OBが集まる一団です。



いや~~
これで、すっきりしました
プレゼンターよりもコメンターのほうが応援されたかもしれません。


巻きっ子ドリプラのお話は
私のブログでは良くあることですが
さまざまな映像を拝借しながら
続けていくことにします

















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# by kokouozumi | 2014-04-13 06:23 | 人々 | Comments(0)

ドイツに戻っています










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10日余りの日本滞在を終えて、ドイツに戻っています。
滞在最後はいつものように東京の定宿に宿泊して、近くのデパートや本屋をうろうろするのですが
今回も・・・やっぱり日本のキャラクター文化の健在ぶりに遭遇しました。
高島屋1階のショーケースです。

舞い戻ったドイツではちょっとした猫騒動がありました。
それより、巻きっ子子ドリプラの報告もまだでしたね。

仕事は始めていますが、頭がなんだか働いていない。それを言うと、時差ぼけでも、今に始まったことでもなでしょうと四方八方から声が聞こえてくるのは気のせい・・・。

まずはキティーちゃんとともに、帰還のご挨拶にて
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# by kokouozumi | 2014-04-11 05:00 | | Comments(0)

巻きっ子ドリプラ 3月29日








郷里 石巻市渡波の小学校が3年を経て再び開校されます
そのことを祝して巻きっ子ドリームプラン プレゼンテーション が行われます。


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ポスターの中にいる5人のプレゼンテーターは・・・

津田晃太郎くん 渡波小学校6年生

晃太郎くんは漁師になりたいと夢を語ってくれました。
晃太郎くんは「カツオ」が大好きだそうです。
特に「戻りカツオ」は格別だと語ってくれました。
美味しい魚をたくさん捕って、多くの人に食べてもらいたい。
そのために、高校で勉強して航海士の資格を習得するそうです。
そんな彼は先日、地元漁師さんの計らいで刺し網漁に行ってきました。
私も同船したのですが、とても楽しかったですよ。

今、漁業離れが続いている港町で、若い子が漁業を目指してくれることは、とてもうれしいことです。
ここ石巻は古くからの漁師町。
復興と漁業は切っても切っても離せるものではありません。
彼らのような子どもたちによって、また素晴らしい石巻に生まれ変わることを楽しみにしています。


阿部莉子ちゃん 万石浦小学校5年生

莉子ちゃんの夢はモデルになること。
ファッション雑誌をみてモデルになる夢を持ったそうです。
「どんなモデルになりたいの?」
って聞いてみました。すると
「世界を代表するモデルではなく、身近なモデル。
読者に夢を与えられるようなモデルさんになりたい」
と話していました。
実は莉子ちゃん、モデルを目指すようになってからは
ウォーキングやポージングの練習をしています。
家では、姿勢をものすごく注意しながら生活をしています。
そうそう、頭に本を乗せて歩いたりと。
努力しているんですね。


澁谷伊吹くん 鹿妻小学校4年生

伊吹くんの夢は大工さんになること
震災による津波で、大好きだったおばあちゃんの家が流されてしまいました。
伊吹くんは、そのおばあちゃんに新しい家を建ててあげたい。と話してくれました。
大きくて、家族みんなが集まれるようなおうちだそうです。
次はお母さんに家を建ててあげるそうです。
ちなみに、私の家も建ててくれるそうです(^_^)
最後は、世界中で家がなくて困っている人に家を建てに行くそうです。
昨年、フィリピンが大災害に見舞われました。
自分たちと同じく家を失った人のところへ行くそうです。
凄いですね。

今、伊吹くんは家の設計などにも興味を持ち
PCを操って、家の設計を行っています。
当日は、彼の設計した図面を見るのが楽しみですね。




勝又瑞羚(みれい)くん 万石浦小学校3年生
今回の巻っ子ドリプラでは最年少のプレゼンターです。

私たちからは「みーくん」と呼ばれています。

みーくんは、3年前少年野球のチームに入団することを楽しみにしていました。
しかしその直前、東日本大震災が起こったのです。
津波により、多くの野球道具を失いましたが、全国の皆さんから届けられたボールやバットで何とか練習を始めたそうです。
とは言え当時は練習場としていたグラウンドには仮設住宅が建ち、練習会場も満足に確保できない毎日だったそうです。
そんな中、災害支援にきてくれた多くのプロ野球選手に勇気と希望をもらったそうです。
「プロ野球選手になって全国の子どもたちに野球道具を贈りたい。野球を通じて夢と勇気を与えたい」と語っていました。



勝又梨乃ちゃん 万石浦小学校5年生
ピアニストになりたい

梨乃ちゃんの夢はピアニストになること。
お母さんがピアノを弾いていたことで興味をもちピアノを弾き始めたそうです。
一生懸命練習して出場したコンクールでは、結果を出せずに挫折しかけたこともあったそうです。
しかし、あるピアニストとの出会いから、
「音楽は人を楽しませてくれる」と気が付いたそうです。
自分も人を楽しませるようなピアニストになりたい。
そう思うようになった梨乃ちゃんは、これまで以上に練習をして夢の実現に向かってがんばっています。
当日は梨乃ちゃんの生演奏が聞けるかも(^_^)








上記のプレゼンテーターを紹介するのは実行委員長の菊地康宏 さん
菊地さんが語る『巻きっ子ドリプラ』計画の発端




私は明日、渡波に向けて飛びます。
今、トランクのパッキング中
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# by kokouozumi | 2014-03-25 06:34 | 人々 | Comments(0)

あれから三年





今日一日、ラジオを聴いていて、何度も耳にしたフレーズが
あれから三年・・・






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あれから、三年
それは私の仕事にも言えることです。

18年も住んでいたフライブルクから引っ越したのが2011年4月
今となっては、その後どんな状況で現在につながってきたのか
いちいちを言ってみても、仕方が無いものです。

とりあえず、写真のような仕事が新作です。
角鉢を伏せて、乾かしているのではありません。
四角のお皿です。
思いっきり遊ばせてもらいました。

この上に何かを盛りたい料理人がいるのです。
その事に3年の時間の経過が いえるかもしれません。

Stuttgartでは器つくりに専念しようとおもい
それは、器を作り続ける日々のタイトルで紹介したとおりですが
そうやっているうちに、こんな仕事も舞い込んできました。
写真はまだ柔らかいうちに、壁を組み立てながら表面のニュアンスをつけたところです。

1日おいて、土の固さが増したところで、しっかり接着します。
接着といっても基本は水と土です。

今日3月11日に
この器に使う釉薬を作ったり、試しがけをしたり
同僚が風邪でダウンしたので
一人、仕事場の友、ラジオを聴きながら作業していました。

そこで耳にしたのが
あれから3年のフレーズ。
ラジオの面白さは、毎時のニュースで同じ言葉が繰り返されつつ
徐々に内容が添加されていくことです。

福島の事故から3年
ドイツでは2020年までに原発全停止を
しかし、その後原発廃棄物をどうする?
セラフィールドでは50年代に閉鎖されてから、いまだに廃墟として施設は残されたまま
廃棄物処理場が世界中の何処になるのか決まらないうちから
テロリストから狙われたら怖い・・・ので
その施設の構造研究だけは進められている・・

廃棄物処理のコストを考えたら
世界中で新しい原子力発電所をあきらめて
再生エネルギー施設に投資したほうが経済的であると

4年目のころには、しっかり計算されたデータが出てくるかもしれない

そして、私の仕事はどんなことになっているかな・・・
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# by kokouozumi | 2014-03-12 07:47 | 人々 | Comments(1)

気付かれない存在










Stuttgartに住むようになり、頻繁に利用するSバーンの駅。ホームからエスカレーターを上って駅の連絡通路にたどり着いたところに、その販売人はたたずんでいた。

駅の地下連絡通路や地下エントランスという場所には、スタンドカフェのあるパン屋とかキオスク風のショップが点在していても、人々にとって通過するところでしかないし、出来れば早く地上に出て、この駅に降り立った本来の目的に向かいたいと思い、用事が終わって駅に戻っても、まっしぐらに切符自販機へむかう。その場所にたたずむ人、それはいろいろな人がいるだろうけれど、たとえある姿を目の端に捉えたとしても、いちいち気にしない、普通は。いちいち気にするほうが変かもしれない。そのように私は、切符自販機とホームに降りるエスカレーターの間で、新聞のようなものを持ってたたずむその人をいつも見かけていながら、多分何かのキャンペーン紙を配っているのか、StuttgartのことだからS21反対運動の小雑誌かな?と想像するぐらいで、気に留めなかった。

あの本を読まなかったら、ストリートペパーを販売する人という存在に、気がつかないままだったと思う。

『ボブという名の野良猫』にはThe Big Issue(ビッグイシュー)というロンドンで発行されているストリートペーパーのこと、その販売システムについて、作者ジェームズ・ボーウェン自身の体験として詳しく述べられている。ホームレスたちが路上で新聞を販売することで、彼らに仕事を提供し自立を支援する目的と、ホームレスの問題に世間の注意を向けよう、という狙いがあるストリートペーパーのヨーロッパ第一号は1991年にロンドンで生まれた。(雛形はUSAにあったらしい)そのビジネスモデルはたちまちヨーロッパ各国に波及して、ドイツでは1993年にミュンヘンやハンブルクに、さらにベルリン、デュッセルドルフ、ドルトムンと続き、今ではドイツ主要都市に拠点を置く30紙のストリートペーパーが数えられ、月ごとの発行部数総計は25万部になるという。

そんな訳で、野良猫ボブの本を読みながら、そういえばあの駅にたたずんでいたあの人も・・・と気付かされたのだが、その後も切符自販機の前に立つと、次の電車は何分発、急げー、という行動パターンになってしまう。ボブの本は日本語版も出たので、あまり内容に触れたくないがボーウェンも、人々が新聞に興味を持つ余裕が無い、地下鉄駅の入り口で販売することは難しいと書いている。だから販売許可証のための顔写真をボブと一緒に写してもらい、ボブの存在が販売力としておおいに貢献することになる。
全くのところ新聞の束を抱え黙って立っている人は、駅構内の壁に溶け込んでいくように、地味で気がつかない存在である。もしかしたらベストセラーになったボブの本は、いや一匹の野良猫ボブが、世界中のストリートペーパー販売人をスポットライトの中に立たせる役割を果たしたのではないだろうか。

うちのパンクにも何かそれくらいの力がないものだろうか、と顔を覗きこんでいると、パンクはすっかり勘違いして『もうご飯の時間ですか?』と擦り寄って来る。駄目だ・・・。しかし悲壮感漂うプロパガンダによって無理やり突きつけられるのではなく、猫によって社会の一面が浮かび上がってくるのは面白い・・と猫好きはポジティブに受け止める。

そしてついに、次の電車に乗らなくても、次の次の電車に乗ればいいということにして、
2,10ユーロのTrottwar紙を買った。そのうち1,05ユーロが販売人の収入になる。つまり販売人は新聞を半額で仕入れ、倍の値段で売ることで、仕入れた数を完売すれば、いくらかの収入とさらに仕入れる元金が手に入る、という仕組み。ストリートペーパーは、路上で彼ら販売人から購入できる新聞であり、StuttgartのTrottwarというタイトルは、この土地の方言シュベービッシュとさらに南の方言アレマン語にも共通する『歩道』という意味があるらしい。バーデン・ヴュルテンベルグ州全域の読者を対象にしたTrottwar紙は毎月の発行部数2万7千部。リストを見ると最も発行部数が多いのはハンブルクのHinz&Kunz紙で6万8千部(最新の数字)販売者数500人。1993年の創刊号は10日で3万部を完売したという実績を持つ。最近ニュースダイジェストという日本語新聞でストリートペーパーに関する特集記事が掲載されていた。ミュンヘンのBISS、ドルトムントのBODO、ベルリンのStrassenfeger、デュッセルドルフのfiftyfifty、そしてハンブルグのHinz&Kunzなど、サイトを覗いてみるとその土地でストリートペーパーが生まれた理由、難民問題、地場産業の低迷、など背景を知ることが出来る。

私が買ったTrottwarは2013年に出版された本に関する特別号で、方言シュベービッシュ語源学について、本を読むという人間の脳の特性についてとか、ホームレス人生を書いた本のこととか(その作者はStuttgartの町でホームレスが大事にしている場所のガイドツアーも企画した)、なかなか興味深い内容が紹介されている。




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# by kokouozumi | 2014-03-02 09:16 | | Comments(0)


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