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路上にて





土曜日には多くの大道芸人たちが並ぶこと、シュトゥットガルトの中央駅から王宮広場まで伸びるメインストリートでも例外ではなく、その中で最も多くの観客が取り囲み、それゆえ最も広い場所を確保して技を見せているのはTruCruチーム。

2007年にシュトゥットガルトで結成されたTruCruはブレイクダンスの5世代目ということ。現在のメンバーは、大学生、写真アーティスト、体育専門学校出身者、鋳物職人、バレーダンサーと本業は多岐にわたっている。次の映像から誰がどの職業人かを探ってみるのも一興かも。







TruCru 5世代目という数え方は、1970年代ニューヨークに発生したストリートダンサーたちを一世代目としているのだろう。
そのいわゆるヒップホップ初代のブームがアメリカで沈滞しつつある80年初頭、ドイツメディアにブレイクダンサーの映像が突如流れ込むことになった。1981年、レーガン政権が始まり自由主義経済政策の一環として、社会保障費削減がアメリカで実施されたことは、ドイツ内で非常に関心を持たれたメディアテーマで、連日のようにテレビ報道されていた。この政策によるアフロアメリカン(アフリカ黒人系アメリカ人)やヒスパニック系移民たちへの影響はいかに、というのが報道の要だったので、ニュースの背景には必然的にニューヨーク・ブロンクスの情景が映し出され、そこにあったのが三大ヒップホップシーン、落書き、ラップ、そしてブレイクダンスだった。(音楽性としてDJテクニックが4つ目の要素として組み込まれている。)ニューヨーク・ブロンクスの路上に出現した彼らの目指していたものは、ラップのようなリズムと言葉遊びを肉体で表現すること。体の形、足の上げ方、手の振り方にも記号的な意味があったそうだ。ニューヨークの初代ヒップホップはブラックな文化を根源にしながら、トゥシューズも劇場も、キャンバスもアトリエも、楽器もスタジオも、さらに武器もない人々が、自分の肉体や声、公共の壁を使ってぎりぎり勝負に出た結果だった。

この情景に目を奪われた世代がヨーロッパ・・多分世界中で生まれたヒップホップ2世という事になるらしい。

1990年代になると、ヒップホップは単なる各都市の風景的な装いにとどまらず、落書き、ラップ、ブレイクダンスのそれぞれの分野から傑出した存在がイコンのように浮かび上がってきた。特に落書きがすごいことになり、バンクシ―(イギリス)、キース・へリング、バスキア(イギリス)などの落書きを、多くの美術館が競って展示するようになった。芸術という事になってしまった彼らの作品は、現在でも画商たちにとって、時には億の単位を生み出す商品であり続けている。






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バンクシ―作品 




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キース・へリング作品



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バスキア作品





ブレイクダンスの世界でも世界大会、世界チャンピオン、世界セッションという催しが次々発生した。現在のブレイクダンス5世達から選ばれる世界チャンピオンクルー(Crew=チーム)はもはやニューヨークとは関係なく、(ブレイクダンスなら韓国と現在は言われているそうだ。それにも関わらず!)なんとドイツのあるクルーがここ数年トップの座に座り続けている。しかもファイナルで対抗したのは、地図帳で確かめないとどこにあるかわからない国、アゼルバイジャンのクルー。そのメンバーはソロセッションの上位から3位までを占めるという強敵だったのだが、この技で勝ってしまったの?というドイツクルーの調子も是非見てほしい。この変容ぶりはもはやヒップホップではない?いや都市の文化、その地のアイデンティティーにかかわるものとしてヒップホップの流れを立派に受け継いでいる?












おまけ 左側がDDCクルー




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by kokouozumi | 2016-09-04 07:10 | 人々 | Comments(0)


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