カテゴリ:猫( 16 )

日曜日




引っ越したばかりの昨年10月、薪ストーブの準備で朝が始まるという、この家の冬対策に追われることになった。やっとその仕事から解放された4月には、庭の草がぐんぐん伸び始めた。除草作戦第一弾は庭の石畳を覆っている土ごとはがしてしまえ・・ということで、同僚の寛太氏が何日もがりがりとスコップで土はがしをした。

6月の展覧会には、きっと10年ぶりぐらいに全貌を現した庭の石畳が会場の印象となった。しかし7月になると、きっと10年間のうちに増え続けたタンポポが石畳の間から、またぞろ葉を伸ばし始めた。草取りを始めると、表面の葉っぱがちぎれるだけ。タンポポって、ものすごく地下深くに根を伸ばしていることが分かった。大家さんの庭仕事道具から、それらしい根掘り武器を探し出し、石畳の間をカチカチ言わせながら、タンポポ掘りをやってみたが、とても全部の根を撤去することは出来ない。毎日少しづつやっと庭全体のタンポポ表層を撤去した頃には、始めに手をつけた部分にうっすら緑の葉が出てくる。

これを徒労というべきか、朝の時間を台無しにされていると思うべきか・・・
この家に住んで、朝の仕事は季節を変えて次々発生するし、時間を浪費しているはずだが、なぜかあまりその時間が惜しいとは思えない。これまでの人生で、はたしてこれほどの徒労に従事したことがあっただろうかと考えてみると、そんなことをしている暇が無かった時には、こんな家に住むこともなかった・・と気が付く。

ははは、そうかと思いながらタンポポの根をカチカチ切り取っている周りで、最近は猫の姉妹が駆け回るようになった。そういえばこの子達は良く食べ、よく排泄するので、猫砂掃除ということが、朝の作業として無視できなくなった。

ちょっと熱心に作業し、ちょっと熱心に遊んだ(これは猫たちだが)日の朝食はシンプルになる。コーヒーにバターを塗ったトースト一枚とヨーグルト。本を読みながらに適した朝食。語学学校時代、コソボからの難民学生が一服のタバコが朝食と、何も無いことを表現していたが、それに比べたら豪華な朝食。

8月なのにドイツらしく、肌寒い日々が続いている。もうすぐ冬の仕事が始まったら、どれだけの時間を朝に費やすのだろうと思いつつ、そんな時になっても、みんな元気で過ごせたら幸いと、とりあえず今は、本のページをめくる。






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大事なネズミさんを失くさないように!
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by kokouozumi | 2014-08-19 06:56 | | Comments(0)

猫物語 映像編










パンクはついに帰ってこない。
飼い主二人はといえば、外出から戻ると、パンクがひょっこり玄関先に座っているのではないかと、一瞬玄関先をくじを引くような気持ちで見つめてしまう。逆に外に出る時はドアを開けた途端に車の下からパンクがおずおずと這い出してくるのではないかと、路上駐車している車の下の気配を探してしまう。そしてパンクがぴょんと飛び乗ってくることを、いつか姿が現れるかもしれないという一抹の期待を持ちながら、時々窓に目をやってしまう・・・、それは自由に外出させていたパンクの帰りがいつもより遅いとき、そうして待っていた習慣であり、これまではそのうちのどれかの登場の仕方で、彼は帰ってきていた。寂しいことに今回はそのような登場がついにない。

近所の人々やいつも工房の前の道を通っていた人々が、一様に残念がってくださる。お世話になっていた動物病院に連絡をしたら、もしかしたら誰かがこの病院に連れてくることもあるかもしれないから、すぐにあきらめないで待ちましょう、との応対だった。

希望を持ち続けるのがいいのか、きっぱり諦めたほうがいいのか分からないが、どちらにしてもパンクの不在は、これからしばらくの間生活の中の空洞となって、その虚無感を追い出すよう飼い主は自分で自分のネジを巻き続けていくしかないだろう。

飼い主二人は寂しさを紛らわせるために、思いつく限りの食べたいものを考えては、料理している。食べながらGPSを着けて置けばよかったとか、猫一匹いなくなって寂しいと思うなら、また猫を飼って紛らわせるしかないかとか、おっちょこちょいのパンクは、今頃まだ死ぬには早かったと気が付いているのではないかとか、取り留めの無いことを話している。そして・・・自分たちの仕事に集中せよということかな、と最後には思う。

寛太氏が8年間制作を続けていたへーリンゲンの工房でパンクは生まれた。新しい生命が工房で誕生したことはとても良い兆候であると、周囲のみんなから喜ばれた。

それから今日までさらに6年が過ぎてきたのだが、それはパンクにとっても飼い主にとっても、住処を次々に変えていくことになる、激動の年月だった。母猫も弟もいなくなり、一匹になったが、どの場所でもたちまち周りの人々を癒す存在として、人気者だった。

その時間を、人間の言葉で解説するよりも、パンク自身の姿としてメモしておこう。




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2008年 ミルクママの一人っ子として誕生 




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5秒止まれ体操のしつけ中。




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目の炎症を起こす



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それでも元気に陶芸教室参加!みんなの靴下をかじりまわる



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さらにテーブルの上でみんなの仕事を観察




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遊びつかれて


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ミルクママと一緒にフライブルクにやってくる。まもなく弟ロックが生まれる



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家族三匹で寛太新工房のオープニングに参加




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ひとりになったね



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2010年2歳の冬


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エヒターディンゲンの日々、ブラッシングが大好き



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2012年 夏




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2014年4月
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by kokouozumi | 2014-05-30 08:07 | | Comments(0)

猫物語









早いものでパンクは今年の夏に7歳となる。
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今年春になって食欲が無くなる。連れて行った病院で大丈夫といわれたが、その後もっと食べなくなり、他の病院で歯垢菌さらに心臓がおかしい、血液検査の結果腎臓も心配と、いろいろの症状が並んだ。飼い主はひたすら処方された薬を飲ませ、病院に行っては体重をはかり、痛んだ歯が抜けた!と獣医さんが喜ぶ姿にあっけにとられ、なによりパンク自身が以前のようなのんびりした表情になってきたことでほっとしたり。その間外への出入りは、交通量の多い時間帯は避けながらも、前と同じように自由にさせていた。病気なのかどうかはっきりしないままに、薬を飲ませ、病院で買ってきた餌のみを与えた。これまでスーパーなどで買っていた餌よりプロテイン量が少ないらしい。両者をなめてみると、人間の舌にも病院の餌のほうがかなり薄味だった。パンクはその味を問題なく受け入れて、餌も薬も全く日常的なことになってきたある日の朝、茂みの中から足を引きずり出てきた。このところ余りにもいろいろな問題にびくびくしていた飼い主は、猫をキャリーバックに押し込んですぐさま病院へ。結果は内蔵からの影響による症状ではなく、単なる打ち身程度のことだった。筋肉痛の薬がさらに加わった。3種類の薬を飲みながらパンクはどんどん元気になっていき、どうしても外に出たい時は私の邪魔をするということを再び始めるようになった。机の上の消しゴムを転がす、鉛筆を転がす、ついには制作したばかりの器が置いてあるテーブルに乗り込んで脅かす。こちらもつい根負けしてドアを開けてしまう。次はそうやって家から飛び出していったパンクが戻らない事件が発生した。

猫が時々帰らないことは良くあると知っていても、帰ってこなければ心配である。家の周りの環境から交通事故ではないかとか、どこかのガレージに入り込んで閉じ込められたかとか、猫は外出中にいったい何処で何をしているか分からないので、あらゆる事故の可能性を数え上げてしまう。2晩が過ぎても一向に出てくる気配もないと、もういい加減あんたの心配ばかりしていられない!と猫に対して切れてみるが、切れた相手が不在なので、暖簾に腕立て伏せ状態のまま、帰ってくると飛び乗って知らせる窓枠に何度も、いや何分おきにか目をやってしまう。

そうしながら、手先では仕事を続けながら、頭の中ではパンクのこれまでの7年間を思い出していたりする。ペットである猫の一生は飼い主によって左右されるのだろうか、いや気ままな種族の猫が居ることによって飼い主の生活にも不意の一喜一憂がもたらされるではないか。とりあえず居なくなる心配をしたくないなら、家の中に隔離すればいいのか?それだっていつか何かが起こりえる。結局のところ、ここにも正解というものは無いらしい。

幸いパンクは3日目の夕方、見知らぬご夫婦に保護されて戻ってきた。私が買い物に行くのを追いかけて、交通量の多い道路を横切りスーパーマーケットの駐車場にいた。私は気が付かずさっさと戻ってしまった後、パンクは道路を横断するタイミングを狙ってうろうろしていたところを、猫好きの夫婦が保護し、親切にもその道路沿いの飼い主を探してくださったという幸運な経緯だった。

ああ、良かったと、この猫物語をハッピーエンドで終えようとしていたら、パンクは再び消えてしまい物語りはエンドロスになっている。これまでのすべての事件を総合すると、パンクは今どこかに足止めされているに違いない。それがどんな状況なのか、再び想像をめぐらせることになる。飼い主は薬を飲ませることが出来ない日々を心配しているが、猫のほうはもう薬なんか飲みたくないのかもしれない。動物の本能と、人間の都合によるペット管理の狭間で、いきもののおきては、どんな判断を下すことになるのだろう・・・。






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工房にこんなダンボールが届いた




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それはパンクの家だった。
近所に九州から引っ越してきた子供達が作ってくれた
パンクはその中でお昼寝をした








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そのうち箱はちょっと違うつくりになった





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子供達は、パンクの食堂を増築したのだった。
パンクは子供達の目の前で、その食堂でご飯を食べた









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パンク!みんなが君を待っているよ。
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by kokouozumi | 2014-05-18 06:23 | | Comments(0)

ドイツに戻っています










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10日余りの日本滞在を終えて、ドイツに戻っています。
滞在最後はいつものように東京の定宿に宿泊して、近くのデパートや本屋をうろうろするのですが
今回も・・・やっぱり日本のキャラクター文化の健在ぶりに遭遇しました。
高島屋1階のショーケースです。

舞い戻ったドイツではちょっとした猫騒動がありました。
それより、巻きっ子子ドリプラの報告もまだでしたね。

仕事は始めていますが、頭がなんだか働いていない。それを言うと、時差ぼけでも、今に始まったことでもなでしょうと四方八方から声が聞こえてくるのは気のせい・・・。

まずはキティーちゃんとともに、帰還のご挨拶にて
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by kokouozumi | 2014-04-11 05:00 | | Comments(0)

気付かれない存在










Stuttgartに住むようになり、頻繁に利用するSバーンの駅。ホームからエスカレーターを上って駅の連絡通路にたどり着いたところに、その販売人はたたずんでいた。

駅の地下連絡通路や地下エントランスという場所には、スタンドカフェのあるパン屋とかキオスク風のショップが点在していても、人々にとって通過するところでしかないし、出来れば早く地上に出て、この駅に降り立った本来の目的に向かいたいと思い、用事が終わって駅に戻っても、まっしぐらに切符自販機へむかう。その場所にたたずむ人、それはいろいろな人がいるだろうけれど、たとえある姿を目の端に捉えたとしても、いちいち気にしない、普通は。いちいち気にするほうが変かもしれない。そのように私は、切符自販機とホームに降りるエスカレーターの間で、新聞のようなものを持ってたたずむその人をいつも見かけていながら、多分何かのキャンペーン紙を配っているのか、StuttgartのことだからS21反対運動の小雑誌かな?と想像するぐらいで、気に留めなかった。

あの本を読まなかったら、ストリートペパーを販売する人という存在に、気がつかないままだったと思う。

『ボブという名の野良猫』にはThe Big Issue(ビッグイシュー)というロンドンで発行されているストリートペーパーのこと、その販売システムについて、作者ジェームズ・ボーウェン自身の体験として詳しく述べられている。ホームレスたちが路上で新聞を販売することで、彼らに仕事を提供し自立を支援する目的と、ホームレスの問題に世間の注意を向けよう、という狙いがあるストリートペーパーのヨーロッパ第一号は1991年にロンドンで生まれた。(雛形はUSAにあったらしい)そのビジネスモデルはたちまちヨーロッパ各国に波及して、ドイツでは1993年にミュンヘンやハンブルクに、さらにベルリン、デュッセルドルフ、ドルトムンと続き、今ではドイツ主要都市に拠点を置く30紙のストリートペーパーが数えられ、月ごとの発行部数総計は25万部になるという。

そんな訳で、野良猫ボブの本を読みながら、そういえばあの駅にたたずんでいたあの人も・・・と気付かされたのだが、その後も切符自販機の前に立つと、次の電車は何分発、急げー、という行動パターンになってしまう。ボブの本は日本語版も出たので、あまり内容に触れたくないがボーウェンも、人々が新聞に興味を持つ余裕が無い、地下鉄駅の入り口で販売することは難しいと書いている。だから販売許可証のための顔写真をボブと一緒に写してもらい、ボブの存在が販売力としておおいに貢献することになる。
全くのところ新聞の束を抱え黙って立っている人は、駅構内の壁に溶け込んでいくように、地味で気がつかない存在である。もしかしたらベストセラーになったボブの本は、いや一匹の野良猫ボブが、世界中のストリートペーパー販売人をスポットライトの中に立たせる役割を果たしたのではないだろうか。

うちのパンクにも何かそれくらいの力がないものだろうか、と顔を覗きこんでいると、パンクはすっかり勘違いして『もうご飯の時間ですか?』と擦り寄って来る。駄目だ・・・。しかし悲壮感漂うプロパガンダによって無理やり突きつけられるのではなく、猫によって社会の一面が浮かび上がってくるのは面白い・・と猫好きはポジティブに受け止める。

そしてついに、次の電車に乗らなくても、次の次の電車に乗ればいいということにして、
2,10ユーロのTrottwar紙を買った。そのうち1,05ユーロが販売人の収入になる。つまり販売人は新聞を半額で仕入れ、倍の値段で売ることで、仕入れた数を完売すれば、いくらかの収入とさらに仕入れる元金が手に入る、という仕組み。ストリートペーパーは、路上で彼ら販売人から購入できる新聞であり、StuttgartのTrottwarというタイトルは、この土地の方言シュベービッシュとさらに南の方言アレマン語にも共通する『歩道』という意味があるらしい。バーデン・ヴュルテンベルグ州全域の読者を対象にしたTrottwar紙は毎月の発行部数2万7千部。リストを見ると最も発行部数が多いのはハンブルクのHinz&Kunz紙で6万8千部(最新の数字)販売者数500人。1993年の創刊号は10日で3万部を完売したという実績を持つ。最近ニュースダイジェストという日本語新聞でストリートペーパーに関する特集記事が掲載されていた。ミュンヘンのBISS、ドルトムントのBODO、ベルリンのStrassenfeger、デュッセルドルフのfiftyfifty、そしてハンブルグのHinz&Kunzなど、サイトを覗いてみるとその土地でストリートペーパーが生まれた理由、難民問題、地場産業の低迷、など背景を知ることが出来る。

私が買ったTrottwarは2013年に出版された本に関する特別号で、方言シュベービッシュ語源学について、本を読むという人間の脳の特性についてとか、ホームレス人生を書いた本のこととか(その作者はStuttgartの町でホームレスが大事にしている場所のガイドツアーも企画した)、なかなか興味深い内容が紹介されている。




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by kokouozumi | 2014-03-02 09:16 | | Comments(0)

2013→2014












クリスマスの頃にはプレゼントを用意して

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大晦日の前には年賀状も用意して

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12月31日、19時ごろには、お気に入りの本箱の上でのんびりしているパンク
台所ではささやかな雑煮と御節の準備。
でも食材が・・・
家から3分のところにアジアショップ(日本の食材が買える)があり
近いからつい油断していたら、今日は半日で閉店
そこで調達するはずのものが手に入らず
ありあわせの正月料理
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20時ごろから、普段聞きなれない不穏な音に、構えるパンク
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その後は例年通り、どこか見えないところに隠れてしまいました。
探しても無駄なので、私は日本時間から8時間遅れの紅白歌合戦をインターネット上で観ました。

矢澤が紅白に登場した時はピンホールTVというちいさな画面で、たしか同時中継をみていました。
今回は泉谷しげるが・・・ついにということで
海女ちゃん、キョンキョン、薬師丸の潮騒メドレーあたりの後半は
年賀状の宛名書きを忘れてみてしまいました。



現在午前3時半
こうして、また新しい年が始まっていました。


今年も宜しくお願いします。
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by kokouozumi | 2014-01-01 11:35 | | Comments(0)

さよなら・・・読書室













工房の隣家が空いて、これから2週間後、そこへ引っ越すことになりました。
これまで住んできた、どの住居とも違った生活感覚をもたらすだろうその家については、後日引っ越してからメモすることにして・・・

今は残り少なくなった電車通勤の日々をいとおしんでいます。
もうこの冬からは、寒風の吹き込むホームで乗り換えの電車を待つこともなくなるのですが、電車に乗り込んだ瞬間、あの車内の暖かさにほっとする気分もなくなるわけです。
1つの習慣、一日のリズムとして消費していた通勤時間のネガティブ要素を度外視して忘れがたいのは、やはり電車の中が読書室だったからでしょう。

しかし、電車の中で読書することは、結局家に帰り着いてからも続きを読みたくて、夜中の2時、3時まで読書は続く!現象をもたらしたことも白状しておきます。電車通勤のおかげでよく読書したこの2年間でした。既に報告したように、長い間書架で眠っていた本を引っ張り出したこともありましたが、電車の中でも楽に読めるものとして、手当たり次第に読んだのは、推理小説の類。これが曲者で家に帰ってからも尾を引いた原因はこれです。伊阪幸太郎や東野圭吾を推理小説として分類してよいのかどうかはともかく、夜中までの読書で目を真っ赤にさせた犯人は彼らの作品。さらに原作に留まらず、ユーチューブで映画化されたものを探し・・・という状況に至ったので。翻訳作品ではなんと言ってもジェフリー・アーチャー。Stuttgartでは日本人同士が本を交換し合う、古本バザーがよく開かれるので、昔読んだものでもジェフリー・アーチャーを見つければすかさず手に入れて、読み返しました。バザーにはなぜかケン・フォレットが登場せず、ドイツ語のものに手を出そうかと何度か書店で物色したのですが、日本の文庫本のように、上・中・下と分冊されることがなく、分厚い1冊を目にして恐れをなし、ケン・フォレット三昧は実現しませんでした。

電車の中で心地よく本が読める座席を確保する・・・というノウハウも次第に覚えたものです。単純ですが、本を読んでいる人のいるボックスに座るというものです。2人までが本を読んでいるボックスに、携帯で喋りまくる人が新たに加わる確立は少ない。4シートのボックスに一人座っていると、3人のおしゃべりさんたちに囲まれてしまったこともしばしばありました。

動く読書室での時間も残り少なくなって、さて記念の最後の1冊はと、思っていたら、やっぱり猫の本が飛び込んできました。日本でもかなり話題になっている、ロンドンのボブの本です。ジェームス・ボーウェンの『野良猫ボブ』がイギリスで出版されると
すぐ、ドイツでも英語版が書店のベストセラーコーナーに積まれましたが、そのうちドイツ語訳も出てくるさ!と気長に待っていたそのドイツ語版を、最近ついに発見。「私の人生を変えた」というボブ猫の話は面白すぎて、あっという間に読んでしまい、通勤日数がまだ残っている始末。英語版では既に続編も出ていますが、そのドイツ語版が出るまでは、少なくとも半年待つことになりそう。まもなく日本語版も出版されるらしいので、あまり本文内容に触れたくはないのですが、ストリートミュージシャンと一緒に、路上に座るボブは猫なのですが、信じられないくらいじっとその場に居続ける。つい人間はいろいろと疑り深い考えが浮かんでくる。「車の往来激しい路上の片隅に座り続けているなんて、耳が聞こえないとか・・何かの神経が欠落しているのではないか。」「いやエジプト猫という血統種は何事にも動じないらしい。」「ボブの振る舞いは、そのような高貴な血が表出してなのか?」などなど下世話な考えに対し、ジェームス・ボーウェン氏あるいは、彼の出版エージャントは最後に哲学的な解説を用意している。私の残された通勤読書時間は、この類まれなボブの話を読み返すことになるでしょう。






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S-バーンの車内風景、




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by kokouozumi | 2013-10-03 05:58 | | Comments(6)

所有者または所有物の記憶






冬の間、私がアトリエで留守番の夜に、 パンクはPCの熱を暖房代わりにしていた。
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熱を出して寝込む、1週間仕事にならないという、私としては近年稀にみる重病状態から、なんとか脱却して仕事場へ復帰した日は、これまで長く、長く居座っていた冬の陽差しから、春らしい暖かな光へと変化した第一日目でもありました。しかしながら私は自分の回復具合に半信半疑で、首をマフラーの中に深く縮めたままアトリエ到着。久々の私を箪笥の上からさかさまに見つめていたパンクは、やがて大きく伸びをしながら、外へ出て行きました。

出入りに関して、パンクには妙な癖があります。どこかの窓が開いている場合はそこから自由に出て行くのですが、帰宅(といえるなら)は必ず表通りに面した窓枠に飛び乗り、その窓を開けてもらうまで待つ。さっき出ていった空いている窓から帰ってくればいいものを、閉まっているのにいつも同じ窓から帰宅したがるのは、何のつもりなのか?もうこれはパンクと共存する人間にとっても従わざるをえない猫儀式です。ときどき中の人間が仕事から目が離せず、なかなか窓を開けてもらえない場合は、窓枠に座り込んでじっと待っている。反対側、中庭に面したほうの窓の内側には作品見本などあぶないものがごちゃごちゃ並び、窯というスイッチが入っている時は危険地帯もある。そちらからの出入りでは、『パンク、ダメ!』と大声で怒鳴られることがよくあったので、嫌になったのか?猫はしかし、怒られたことをそれほど几帳面に記憶しているだろうか?

さらに面倒なのは、表側の窓枠に乗っても、それを発見した人間がわざわざ仕事の手を止めて窓を開けても、入りたいわけではない・・・という、パンク複雑な心境というのもあります。そんな時は大抵、耳をイカ耳にしてる。イカ耳・・・これは猫を飼っている人なら良く知っていると思いますが、耳をやや後ろ向きに横へ突き出した形です。

話は振り出しに戻るのですが、復帰一日目の私は、なんとなく、ぼんやりとしまりの無い仕事ぶり。横でパンクは出たり入ったりしているうちに、午後になりました。次に帰ってきたパンクは窓枠でイカ耳状態。普段なら『ほっておけ』ということになるのですが、病み上がりの私は、仕事に乗れず、パンクのイカ耳の訳でも聞いてみようかと、窓辺に。するとパンクは私を誘っているようです。こんな日は付き合ってみようと、外に出たら、パンクは張り切って、まず鼠狩りダンス。それから一目散に道路を渡って向かい側に走ります。これも飼い主としての独断と偏見の観察による判断ですが、猫はひとり自由に動きたい場合は、ちょっと目を離した隙に飼い主のまえから忽然と姿を消してしまいます。見事に居なくなります。飼い主に見える状況で何かやっているということは、『一緒に遊ぼう』と、誘いのジェスチャーです。この日も私の視線に入る位置で、向かい側の壁をひっかくジェスチャーです。今日は猫と遊ぶぐらいしか脳のない私は、誘いに乗ってふらふらと向かい側のパンクが引っかいている場所に行ってみました。すると、『まあ、暖かい!』午後一番の光でぽかぽか温まっている向かい側の壁の前に、パンクと一緒にしゃがみこんでしまいました。思わず『有難う、快気祝いに暖かい場所を教えてくれたのね』とパンクに話しかけると、話が判っているのかいないのか、壊れた胡桃の殻を転がし、次に王冠と次々路上のごみを追いかけて、私の前を飛び跳ねながら往復しています。

以前、クリーブランド・エーモリー氏の『クリスマスにやって来た猫』を読んでいたのは、ロック捜索に向かう電車の中でしたが、今全く違う状況の中で、その本の冒頭に書かれていた言葉を思い出します。

ロック・小次郎 ポスターになる


:-猫の所有物だったことのある人間は、それがどんなに些細なことであっても、猫と共有した経験を、一生覚えているだろう。-:
エーモリー氏にとって、その些細な思い出の始まりが、猫と遭遇した時でした。

この日、アトリエの向かい側というだけで、特別に美しくもなんでもない路上の一隅に猫と一緒にしゃがみこんでいたことは、他人が見たら、猫はともかくそのような人間の正気が疑われる行動かもしれませんが、午後の暖かな一瞬を 私は忘れないでいるでしょう。

・・・ただし!私が猫の所有物かどうかは、まだちょっと受け入れられない話ですが。






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by kokouozumi | 2013-03-09 19:03 | | Comments(4)

2012年12月31日

ついに
今年も
大晦日となり

その今年最後の日も暮れて

雪のない、温暖な夕暮れです








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ドイツの大晦日といえば花火ですが
深夜24時に元旦と日付が変わったとたんに
ぼかぼか、打ち上げられるのが
常ですが

今年はクリスマスを過ぎたあたりから
連日のように、どこかでひゅるひゅるパーンと
花火の販売は限定ではなかったな?
昨年のが、残っていたとか?

昨年、ドイツの不景気が言われていた年
花火の売り上げが過去最高だったとか・・・
みんなやけになっていた?

花火の売り出される量も値段もここ数年で、どんどん変わっているよう
2,3年前には、大晦日にスーパーマーケットを次々廻ったけど、どこも売り切れだった
という、悲しい話もあったらしい。

今年は何処でも売れ残っているし、しかも安くなっている。
だから、みんな買いすぎた?
今日は、夕方からどこかで、殆ど絶えずにどこかで打ち上げられている。

さて、24時には
この早とちりの花火打ち上げを上回る
どれだけの打ち上げが、あるのだろう。





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寛太撮影



パンク君
心の準備はどうかな
今日は一日、君はなにか察知していたようだね
外に出ても、10分以内に戻ってきたね。
君の恐怖が合図で、また季節がめぐるのよ




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ピンボケで失礼。
日本では珍しくないものですが
ドイツ在住20年にして
初めて、もちっこで餅をついて
自分でお供えを作りました。
みかんはスイス産の(スイスからもらってきた)
鉢植えみかんの樹から1つ失敬したもの
葉っぱがちぎれてしまったので、妙な位置に無理やり飾りました。


楽しく、無事に年を超えますこと
感謝しつつ
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by kokouozumi | 2013-01-01 05:51 | | Comments(5)

経験の積み重ね 又はテレパシー

11月10日 雨。
寒さ和らぐ・・と言うと甘いような気もする。前回の初雪以来、外出にはマフラーと手袋着装の日々。











Sバーンのホームからエスカレーター(故障中のことが多いから大抵は階段)で上に出ると、目の前がハウプトシュトラーセ(Hauptstrasse=中央どおり)。その道を辿って3分の距離に工房がある。その3分間の間に、普段は何も起こらない、起こるまもなく仕事場に到着!のはずが、1週間ほど前に約1分30秒あたりの位置に異変があった。

道路沿いのある家の壁際から歩道にかけて地面が掘り返され、ちょっとした工事中の気配。隣接する家のおじさん、彼は猫好きでパンクも私も知っている人物が、道路沿いの垣根にぶら下げてある、掲示板の張り紙を入れ替えていた。なにか宗教関係の掲示板で『今週の言葉』的なインフォメーションのようだが、立ち止まって読んだことはない。このおじさんが張り替えていたのか、とその日はそんなことを思ったぐらい、工事の気配もまだのどかだった。

翌日、同じ場所の工事はまだ続いていた。ちょっと範囲が広がったような気もしたが、まだプライベートな家の工事と思っていた。隣家のおじさんは奥さんと一緒に工事の横で、落ち葉掃きをしていた。

さらに翌日、あれれ、工事現場は工房方向に向かってどんどん伸びている。1分30秒から2分40秒のあたりまで、いや工事中の歩道は歩きにくいから3分15秒ぐらいの広がりとなって、工房到着は4分!この到着時間変更は歩きにくいばかりではなく、きょろきょろ道沿いの光景を見張っていたためでもある。これまで歩きながら気にも留めなかったマンホールの格子蓋から、さらにその下にあったと思われる鉄管が掘り出され次々並べられている。昨日は見なかったから、その日の朝から数時間の工事で、こんなに簡単に掘り起こせるものなのですか?と単純に驚いた。それからが又早い。工房は中央どおりと、T字路になっている道路の角に位置し、T字路側の工房横には工事作業員休憩所の黄色いコンテナ、向かいの家の玄関脇には仮設トイレが運び込まれた。一体何をする気?工事は・・・いまだに何の工事か良くわからないが、3週間かかるということだ。

毎日、仕事場の周りをうろつくパンクにとっては、一時車通行遮断状態になった、工房前は徘徊天国のはずだが、シャベルカーという新たな敵の前に、あっさり降参して、ちょこっと外に出てはぴゅ~んと帰ってきて、玄関前にうずくまっている。

黄色いコンテナが設置された日の夕方、窓際でその黄色い壁を見ながらお茶を入れているとき、ふと懐かしい響きを聞いたような気がした。それはコンテナと工房の間に挟まれて通りすがる通行人の話し声。狭い通路を通る人の声の響き・・これって新宿の飲み屋街の・・何とか横丁の感じでは。

寒い時期に突然始まった、なんだかよくわからない工事だが、袖振り合うも多生の縁、というわけでもないが、こんな感覚はいったいなんだろうと可笑しくなる。




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もう1つの話。
初雪が降って、急に寒くなった日の夜。そんな時は外に出てもぴゅ~んと帰ってくるはずのパンクが、口笛の帰宅命令を何度も発信したにもかかわらず、なかなか戻ってこない。ロックならいざ知らず、パンクの場合はこれまでの経験から、誰も深刻に心配しない。しかし翌朝になっても姿を現さないパンク。私は知らなかったが、寛太親分はさすがに心配してあちこち探し回った。パンクが心配なのと、それ以上にやがて出勤してくる私が、パンク帰らずと知ったら気が狂うのではないかと・・そちらのほうが心配だったかもしれない。

それでも見つからず、途方にくれて、玄関にたたずんでいる時、ふと向かいの家に目が行った。それはガレージ兼倉庫のような建物で、下半分が鉄板で覆われ、上半分はすりガラスの扉になっている。そのすりガラスにちらっと猫の姿が。近づいてみると、扉の内側では、パンクが何度も飛び上がっては、すりガラス越しに自分の姿が外から見えるよう、必死の努力をしているところだった。その家の住人は一人暮らしのおばあさんで、普段の出入りは違う玄関を利用している。昨夜たまたまガレージを誰かが使った際に、パンクは入り込んでしまったようだ。

後日談。寛太親分は車を運転している時、見知らぬ道路上でも、ピカ(スピード違反を取り締まるカメラのこと)の予感がするそうだ。そして良く当たる。パンクの発見もそれに似た感覚がして、思わず向かいの家を見たそうだ。
う~ん、猫のテレパシー、ピカ予知能力、この関連を誰か解明できるかな。それから黄色いコンテナと新宿の飲み屋街の関係も。
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by kokouozumi | 2012-11-11 07:25 | | Comments(16)


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