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2016 夏





暫く、このメモ帳から遠ざかっていたので、言葉がなかなか出てこなくなった。無理もない・・つまりちょっと気になることを探す習慣からも遠ざかってしまっていたから。関心事がなければ言葉も生まれず、毎日は無関心な-としか思えないのだが-ニュースの氾濫をただ受け身に聞いている。だけど、そのような状況をあまり心地よいと思っていない自分も傍にいる。

自分の周りという環境があまりにもグローバル化されてしまったために、はっきりとしたことを言えなくなってしまったために、次々起こるテロ事件、飛行機事故、自然災害、だから世界中のどこにいても安全という事はもうありえないのよ・・といったような会話で、
日々の言葉を消費するのは嫌だな、という感覚。

だったら自分のために?どんな言葉を集めたいの?と、考えていたら思い出したシーン。
映画『8マイル』、エミネムがバスの中でメモしているシーン。彼が何をメモしているのかよくわからないのだが、カメラはバスの窓外に流れていく文字をことさら捉えていく。工場の名前、壁のいたずら書き、道路の方向指示、看板の文字、、ああそうか彼は目に映るすべての文字からライム(韻)を集めているのか、と想像させるシーン。実際にアメリカのドキュメンタリー番組『60分』の中でエミネムは、ライムをメモした多量の紙が入っている箱を出してきた。

有名になるのと同じ比率で非難も浴び続けるエミネム。『60分』の中でも、アメリカ中の、いや世界中の子供たちがあなたのスラングをまねしていることをどう思うかと質問されて、「躾は家庭でするもの。自分も娘の前では絶対汚い言葉を使わない。そういう事じゃない」と、答えていた。エミネㇺの真似をしたら、ひょっとしたら、国語力がアップするかもしれないと、大人は考えないだろうか。少なくとも辞書を見る習慣が身につくかもしれないのに。

『8マイル』よりもずっとずっと前のことだが、北欧の国際学校なるところで英語だけの授業を受ける体験をしたことがある。私が参加できるぐらいだから授業の内容はちょろかったといえるが、音楽の時間はずっとラップでこれには参った。国際学校だから世界中から学生が来ているわけで、ラップならアフリカ系黒人の得意技という事になっているが、その時アフリカ圏から参加していた学生は必ずしもそのノリではなかった。綿摘みをした祖先をもたないとダメか・・と思ってしまった。ましてやロシア人やスイス人それに日本人に何ができる。ひたすらアメリカ学生の背景で、ごまかしていた。

『8マイル』の主題歌はアカデミー賞を勝ち取ったが、どんな言葉を伝える?つまりメッセージ性の優れた例かもしれない。丁寧な日本語訳をアップしているバージョンを見つけた。私的に好きな『スタン』は言葉的には怖いけれど、オリジナルのダイドではなくエルトン・ジョンバージョンを加えて、2016の夏祭り!



















Eminem - Lose Yourself
上のスクリーン画面から、いずれ見れなくなった場合はこちらから


Eminem / Elton John - Stan










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by kokouozumi | 2016-07-19 07:44 | Comments(2)

probe

probe













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by kokouozumi | 2016-07-11 05:09 | Comments(0)

キンダーランドとコルチャック先生 最終メモ







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*子供にもお金が必要、大人と同じように子供にもお金が必要だが、でも違うことのために・・・*(*は本からの抜粋)


ジャックは2台の自転車を購入していた。一台では校内での練習用にしかならないが、2台なら、乗れるようになった子が2人一緒に、休日のサイクリングを楽しむことが出来るから。その思惑通り、早速遠乗りに出た二人は、駅の駐輪場に止めた自転車を2台ともそっくり盗まれてしまった。

警察に届けてから2週間がたっても、自転車は見つからない。
1台の自転車はまだ支払いが終わっていなかったので、ジャックの購買部は9ドルの負債を抱えてしまった。ジャックは恐ろしい夢を見た。ネリーのお母さんが悲しそうな顔でネリーに『今日は食べるものが無いのよ。お金が戻ってこないから』と言っている。自転車の分割払いの期限を守るために、ネリーのお母さんから50セント借りていた。それからタフト氏が寝たきりのお母さんに『ジャックが破産したからもうコーヒーは買えない』と言っている。自転車屋のフェイ氏がジャックの家にやってきて『ジャックの宝箱はどこにある。お金が払えなければそれを持っていく』と・・・。
ジャックは朝起きるとすぐ、鏡で自分の髪が白髪になっていないかチェックした。ある本に、船長は嵐の一晩を過ごすと髪が真っ白になっていたと、読んだから、自分も絶対白髪になるはずだと。

しかし実際のみんなは優しかった。
タフト氏は購買部の在庫品、スケート靴3足、サッカーボール2個、小刀、ノートなどを処分すれば、5ドル近くになると、見積もった。自転車屋のフェイ氏はこのような事件のために自分が損をすることは初めてではないといい、さらにネリーのお母さんにまず返しなさいと50セントを貸してくれた。ネリーは数ヶ月前に父親を亡くしていること、ネリーのお母さんは遺族年金から50セントを捻出したことをファイ氏は知っているからだ。ジャックはクラスのみんなと相談して、在庫処分セールをすることに決めた。真っ先にやって来たのは7年生購買部担当の子だった。『だから子供の遊びではないと言っただろう』と2ドルの買い物をした。しかし彼のその買い物に、7年生のみんなから非難が集中した。7年生の購買部はこの1年間クラスのために、何もこれといった活動をしていないのに、下級生の災難に乗じて買い込んだスケート靴やサッカーボールは使いたくない、というわけだ。

ジャックたちはお金が必要だから返品されても困る。妥協案として、7年生のサッカーに3年生の上手なプレイヤーも混ぜてもらうことにした。学期末最後の週のことである。何人かの男の子達が7年生とサッカーをしている姿を、他の3年生たちは運動場の片隅でぼんやり眺めながら、ついこの間まで、次の学年でやるべきことの相談で休み時間を使っていたのにと思う。ジャックはすばらしい計画を立てていたのに。3年生の担任は、みんなのしょんぼりした様子が気がかりで、学年末の遠足を提案する。町を川辺まで行進して、そこから船に乗り、さらに対岸の丘を登って古い城跡まで行こう、という行程だ。ジャックは、行かないと言い出した。心配事のある子供は勉強に身が入らない。ジャックも先生から国語と歴史の追試験を言い渡されていた。そこでクラスメート全員が先生に嘆願する。ジャックは1年間僕達のために苦労してきた。その苦労に免じて、追試なしで彼を進級させてください。先生は承諾した。

夏休みになると、クラスメートは何処かしらに行ってしまった。ジャックはタフト氏のところで店番のアルバイトをすることになった。学校が休みの間はこの類の店を訪ねる客足が大分少なくなるので、ジャック一人でも店番が出来る。それよりも大事なのはタフト氏の寝たきりのお母さんが、いつコーヒーを飲みたがるか良く知っていることだ。タフト氏は新学期に備えて仕入れの仕事に専念できる。本当は自転車屋のフェイ氏からもジャックにアルバイトの誘いが来ていた。クラスで冗談ばかり言って毎日怒られているフィルが、その使い走りを引き受けることになった。フィルの言い分では、早く借金を返さないと、新学期になっても教室で冗談を連発できない。ジョークのない学校生活なんて意味が無い、ということだ。フィルはタフト氏やタフト氏のお母さんのことを知らないので、二人のバイト先はそのように決まった。

日曜日にジャックとフィルはよく一緒に散歩した。銀行の前まで来ると、フェイ氏の用事で自分はこの中に入ったことがあると、フィルが言う。ジャックはまだ銀行に入ったことが無い。銀行には商業銀行とか産業銀行などいろいろあって、商人や工場経営者はそこからお金を借りることが出来ると以前タフト氏から教えてもらったことを思い出した。その時ジャックは共同購買部でも銀行を併設しようと思ったものだ。クラスメートは今度お金を持ってくるからと言って、サッカーボールで遊び、自転車の練習をするが、結局そのまま払わないことが良くある。これからお金の無い子は銀行で借りればいいのだ、と考えた。しかし今は自分が銀行からお金を借りたいと思っている。子供銀行があればいいのに・・。

*Taft氏は笑わなかった。『子供のための銀行か。それはいいかもしれない。お金がまた戻ってくるまで、長い時間を待たなければならないから、そのような銀行は国が作るべきだ。』『誰が作ってもいいよ』『そうか、君にとってはどうでも良いが、一度税務署のことを話したのを覚えているか?大人は税金を払い、国は国民の面倒を見る。子供は国にとって購買者であると、多くの商店ではっきり証明できると思う。大抵の子供は振り向きざまに、後で来るからと言い、結局いつか欲しいものにお金を払ってくれる。』よし!とジャックは思った。『国が銀行を設立するには、何処が担当するの』『経済大臣に決まっている』

この会話は買い物客がやってきたので打ち切りになった。
大人は、子供が質問するまえにずいぶんそのことを考えている、ということを知らないし、大人の答えをそれからさらに検討することも知らない。*

ジャックの心は既に子供銀行設立のため、経済大臣へ手紙を書くことに向かっていた。

*経済大臣様
僕は国民学校4年生です。ジャック・フルトンという名前です。同級生は僕をクラスの共同購買部責任者に選びました。ここに監査委員会の議定書を同封します。それには僕がうまく経営したことが記されています。決算書も同封します。それによって私達の共同購買部が7学年とは違って、活動していることが伺えると思います。私は1年の間に多くの物を買い入れました。次の年には演劇とマンドリングループを立ち上げ、一台の幻灯機とカメラを購入したいです。僕はさらに自然科学の大会を催し、冬に使うソリを作るための木工所を設備したいのです。他にも遠足や娯楽の費用を考慮したいのです。サーカスや映画です。今年はネリーが一人だけ僕を手伝ってくれました。しかし次年度はバーナムがオーケストラを、フィルが演劇を、ハリーが博物館を、アダムが木工所を、というようにみんなが手伝ってくれます。

もし子供が銀行でお金を借りることが出来たら、それらのことが全部出来ます。しかし子供にはクレジットが適用されません。ですから、僕達は自転車を盗まれると破産しました。そのことで僕は殆ど白髪になりそうなほど、神経を痛めました。
それで僕はこの覚書を貴方に宛てて書いています。経済大臣様、貴方がそれによって子供銀行を設立してくださるようにと。子供は税金を払っていないのに、国は子供のために多くのお金を使っています。しかし僕達はいつか大人になって、小学生の時借りたお金を返すことが出来ます。それに僕達は税金を払うようになります。この子供銀行のクレジット無しでは、僕達の計画を実行することがとても難しいのです。なぜなら、親がいつ僕達にお金をくれるのか、全く予想できないからです。*



キンダーランドの始まりはコルチャック先生にあると、いつか聞いた一言を追いかけて、偶然にこの本を知り、読んでみた。キンダーランド、たとえばミニ・ミュンヘンというタイトルから、大人社会を雛形にして、子供が社会勉強をする場所、と私は思っていたが、そうではなかった。むしろ大人が、その中で展開している子供達の意識に、耳をそばだてる必要がありそうだ。子供達が独自の経済力を持った時、やりたいことは何なのか、本の中には、かなり細かいお金の計算とともにエピソードが展開していく。ジャックの購買部に対抗するブラックマーケットも発生するのだが、7年生が警告するように、それらはすべて子供の遊びなのかもしれない。

この本が最近出版された際には、実在のポーランド経済大臣が序言を書いているし、教育学者だったら、どのようにこの本を捉えるのかなど、専門家の意見も興味深いのだが、コルチャック研究の類は読んだことが無いので、わからない。

私に想像しえることは、コルチャック先生が子供の世界を大人がのぞけるような覗き穴を、この本に作っていること。それによって、垣間見た世界の中で小さなジャックのやりたかったことが、今もキンダーランドの中に残されているらしいということ。





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一山の氷が落ちていたら・・・遊べる・・・
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by kokouozumi | 2015-02-09 06:28 | Comments(0)

キンダーランドとコルチャック先生 その3





『小さなジャックの破産』
いやはや、とても面白い本、というよりすごい本を読んでしまった。

この物語では、ジャック・フルトンがアメリカに生まれ、そこで育ち、学校に行き、小学校3年生になってクラスの共同経営(購買部)の活動をはじめる、という経緯が語られている。この本が書かれたのは1924年、作者のコルチャックは資本主義の国では無いポーランドのワルシャワに住んでいたので、子供達の自由な発想を物語る舞台としてアメリカのことと、するしかなかったかもしれない。
1935年にドイツ語版が出版され、38年にはそのアメリカ的な内容ゆえに、禁止本のリストに載る。戦後1972年になってベルリンの出版社から、『みんなのために商うジャック』という違う名で再登場し、80年代後半に編集されたコルチャック全集の中では『小さなジャックの破産』のタイトルに戻っている。

220ページの中には、どのページにも興味深い話が詰まっていた。それをどのようにメモすればいいのか?実際に読んでいた時間より読後に悩んでいた時間のほうが長かった。

ジャックの両親は静かで誠実な人たちである。
ジャックの父は一年に一度彼の誕生日の日だけ、ワインを一瓶飲む。彼は、「月曜日から土曜日までは私の家族のためにあり、日曜日と祝日は神のためにあり、唯一私が生まれた日だけは、私のものである。」と考える。彼はさらに「私の財産の全ては私の手から生まれる。健康な手を持っている限り、家族はパンから石鹸にいたるすべてに恵まれ、空腹や不潔から遠ざかっていられるだろう。」思っている。しかし不況の時代のことで、父親もいつ失業するか分からない。ジャックはもうすぐ国民学校の3年生に進級する。3年生になったら必要な教材について先生がリストを発表している時、ジャックも他のクラスメート同様に、果たして親がそれらのすべてを購入できるだろうかと、ぼんやりしてしまう。



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タバコ代を節約して約束した小刀を買いに行く父親とジャック


ジャックには母方に商人の祖父がいる。その祖父から、学用品を買う足しにと1ドルが送られてきた。ジャックの父親は祖父に母との結婚を反対された男である。彼は、「学用品は自分が買うから、1ドルはジャックが好きなように使いなさい」と宣言する。その1ドルをどの様に使おうか?というところからこの物語は経営の話に展開する。まずみんながやりたがらない図書委員になって、クラスの図書に1ドルを投資し、面白い本を揃えることにした。今集まっているのは、みんなが読みたくないから学校に寄付するしかなかったような本ばかりだ、と指摘したのは授業中にいつも冗談を言って、毎日のように先生に怒られ、立たされている子。そのアドヴァイスから、クラスメートみんなに読みたい本のリサーチをして新しく買い揃えたのが効果を奏し、クラス中が急に本好きとなり、喜んだ先生はジャックの1ドルのことを知り、みんなに本代のカンパを促した。戻ってきたお金を元にジャックが次に考えたのが、クラスの共同購買部だった。それは7年生が既にやっていることでジャックはその担当者に会いに行くと、子供の遊びではないと、冷たくあしらわれてしまう。しかし担任の先生は校長先生と相談した結果、二人でやることと、帳簿をつけること、監査委員会を作ることを条件にその計画を許可した。さらにお金持ちの子の母親から2ドルの寄付があった。


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ジャックは入金と支出の記帳を始めた



共同購入がいよいよスタートするのだが、あらかじめ注文をとって、必要な品を纏め買いしてくる・・というスタイルではない。彼が選んで仕入れたものを売るのである。安い・良い・便利、の条件が揃っていなければ、各自が自分で直接買いに行って選ぶ自由さに勝てる購買部ではない、とジャックは意識するようになる。本を買いに行って知り合いになり、ジャックの相談役になった文具・書籍店主のタフト氏がダンボールに詰まったきれいな絵柄のカードを見せてくれた。こんなにきれいなのに誰も買わなかった。自分はもう若くない。子供達が何を必要としているか、ジャック君、君のほうが良く知っている・・・ということだ。しかし、クリスマスの前にジャックもクリスマス・新年のお祝いカードを買い揃えた。クラスのみんなは、まだ誰も一人でお祝いカードを出したことが無かったのだ。担任の先生が正しい祝意の書き方を指導して、用意したカードはクリスマスイヴの朝までジャックが保管することになった。みんな親をびっくりさせたかった。そしてクリスマス飾り福袋のような催しも実行した。本屋のタフト氏紹介でおもちゃ問屋に行ったら、そこの社長は黙って大きな箱をジャックに渡した。ただで貰うわけには行かないと、ジャックはクラスの全財産1ドル60セントを支払ったが、後からタフト氏の見積もりでは、その箱の中に15ドル相当の品物が入っていた。
クリスマス飾り福袋は他のクラスの生徒や先生、父兄も買いに来て、ジャックの手元に4ドルが残った。

共同購買がクリスマスという世の中の大きな行事を機会に、学校中さらに親達からも関心を集める成果を残せたことから、共同購買部=これまでやりたかったけど出来なかった事に手が届く、というような上昇志向を、クラスメート達にもたらした。共同のスケート靴やサッカーボール、サーカスを見に行きたい、クラス全員で写真館に行き記念撮影、と次々、ある子が思いついたアイデアを、ジャックが具体的な運営方法を考えて実現していく。たとえばスケート靴貸し料金を決めて、スケートで遊んだ子から集めて、次のサッカーボールを買う、というやり方。


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先生とクラスメート全員で記念撮影


もうみんなはジャックが何を買うといっても驚かなくなった。ジャックなら自動車だって買えるだろう、しかしまず自転車が欲しい!自転車に乗れるようになりたい!これは男の子たちにとって強烈に魅力的な買い物だった。しかし高い買い物だった。分割払いにしてもらい、自転車の練習料金を返済に充てるという方法がうまくいっていた矢先、日曜日に遠乗りに出た二人のクラスメートが自転車を盗まれてしまう。

この自転車盗難事件は、本の中では後半の200ページ目に発生するのだが、そこから最後までの20ページに、コルチャック先生とキンダーランドのつながりは、この部分ではないかと、考えさせられる展開があった。

続く
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by kokouozumi | 2015-01-25 05:12 | Comments(0)

キンダーランドとコルチャック先生 その2

 








 1878年にワルシャワで生まれたヤヌシュ・コルチャック(ペンネーム、本名はヘンリック・ゴールドシュミット)が、青年になった頃の19世紀の終わりごろから、ヨーロッパでは新しい教育運動が開花している。鞭打って強制的に知識を詰め込もうとするこれまでの権威主義的教育から、子供達の自発性・興味・経験を重視して見守ることが大事という運動だった。ドイツの教育家の『田園教育舎』1898年に続いて、20世紀になると、ベルギーの医学者(精神生理学者)が『生活による、生活のための学校』を、イタリアの女医モンティソリがローマのスラムに『児童の家』を、さらにイギリスでは現存しているサマー・ヒル学園など次々にこの教育運動を推進する学校ができ始めた。

付け加えると、クラインガルテン(賃貸農園)の発祥とされるシュレーバーガルテンは、シュレーバーという医師であり、教育者だった人物の名を掲げ、始まりは子供達の健康のために造られたという。工場労働者が大都市に集まり、その家族である子供達は不健康な環境での生活を受け入れなければならなかった19世紀半ばのこと。
シュタイナーがStuttgartのタバコ工場主から従業員の子供達のための学校開設を依頼されて、自由ヴァルドルフ学校(ヴァルドルフはタバコ工場経営者の苗字)が出現したのも20世紀の始めである。

シュレーバーガルテンやシュタイナー学校は、上記の新教育運動の流れとは別のもだが、19世紀後半から20世紀の始めという時期は、どんな境遇の子供達も学校に行くことができるようにという制度が次第に整えられていく過程と重なって、さまざまな教育の場に関する試みが始まったと、捉えることもできる。

コルチャック先生に話を戻すと、(この人物に関する近藤二郎の本を参考にしたのだが)彼は二十歳で医学部に入学したが、慈善協会のメンバーとして社会の底辺に生きる子供達に接することを進んで行っていた。さらに子供達が衣食住の心配をしないで安心して暮らしながら勉強できるような、家庭と学校が一体化した『ホーム』の設立が彼の夢だったという。コルチャック34歳の時、ユダヤ人子弟のための『孤児達の家』(ドム・シェロット1912年~)とポーランド人の子供達の『僕達の家』(ナッシュ・ドム1919年~)という二つの『ホーム』の運営にかかわることになる。

Wikipediaに『子供共和国』という記事があった。その中で実践例の一つに、コルチャックのドム・シェロットが揚げられている。ドム・シェロットはいわゆる孤児院のように、親の保護を望めない子供達の施設だったが、その設立はまだ義務教育制度が確立する前のことだったので、裕福ではない子供達(ユダヤ人の)もそこで勉強することが出来た。

ドム・シェロットやナッシュ・ドムという二つのホームで子供達が暮らすのに、コルチャックが大事な原則として考えたのは、(近藤二郎の本によると)子供の議会・子供の裁判・子供の法典、だったという。親のいる家庭で育つ子供達は、親に叱られながら成長していく。ホームでは子供達同士が家族として、間違いに気付き、お互いに助け合うようにということだ。コルチャック自身が何度もこの子供裁判に訴えられ、子供法典の第何条に反した行為を行ったと、ホーム新聞で公表されたというエピソードが残されている。当時このホームの運営は多くの感心を集め、ヨーロッパ各国から視察者がやってきたという。

ヨーロッパの新教育運動の時代人としてコルチャックの目指したホーム・・子供の自治・・子供共和国・・手持ちの本やネットから拾い集めた読める限りの情報から
単純に結論することも出来る。しかし、その時代背景、ポーランドという国、さらにユダヤ人という彼の出生について読み漁りながら、現在のキンダーランドとの結びつきを探そうという気持ちはどんどん薄れてしまった。

彼の夢は実現したのだが、やがてファシズムの嵐が吹き荒れて、ユダヤ人だったコルチャックはナッシュ・ドムにかかわることを禁じられ、ドム・シェロットもゲットーの中に移転を余儀なくされ、最後は子供達と共にトレブリンカに移送されることになる。

トレブリンカ強制収容所に移送される際の記録として、彼のある著書に関するエピソードがあった。本のタイトルは

『小さなジャックの破産』


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続く
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by kokouozumi | 2014-12-30 17:53 | Comments(0)

秋めいて









長い間いじらなかったスキンを変更するのに、どうすればよいのかすっかり忘れてしまって
何度も手探りで写真サイズをいじることになり、ブログを始めたばかりの頃を思い出し、懐かしかった。

今日はそれだけ
言葉はいずれ後で
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by kokouozumi | 2014-09-06 05:20 | Comments(2)

WMで始まるドイツの夏









蒸し暑い日が続いているドイツですが、
暑苦しいほどの熱気をなんといってもWMがもたらす・・・ドイツです。

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いつものように、仕事場の友、ラジオを聴きながら過ごしているのですが、
今、ドイツナショナルチームがフランクフルト空港から出発しました。
今、ドイツチームがブラジルに到着しました
今日、ドイツチームは・・・
といったニュースが次々伝えられ
その余りにも些細な事柄を伝える手段でWM熱を盛り上げる放送の努力に
おかしくなって、つい陽気な気分になるから不思議です。

WM陽気に忘れられていますが
今日は13日の金曜日でした。
そこで、いつも聞いている『人々』というインタビュー番組には
心理マジシャンなる人物が登場しました。
ラスベガスに出演するコパーフィールドのような大掛かりトリックを使わないのが
心理マジシャンということで
心理学+暗示+数学を駆使して、人の心を読んでしまうというのです。

2年前に、その心理魔術とかいう分野の世界チャンピオンになったというのですから
相当凄腕らしいのですが、話を聴いている限りでは、どれほどすごいのか良く分かりません。

最終的には、今回のWM優勝チームを予言せよと、迫られるわけで
それが、本当は彼を登場させた最大目的で番組の目玉だったと思えます。
しかし、ついにその魔術師さんはその場で発表することをせず
司会者に封筒に入った、彼の予言を渡したのみ・・・
約一ヵ月後、WMが終わる頃に、彼の予言を思い出す人が居るのだろうか??
私も忘れそうですが

気になるな・・・
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by kokouozumi | 2014-06-14 08:01 | Comments(0)

2月は覚悟していたものの















暖かな1月でしたが、末になってついに初雪。突然のように朝起きたら雪でした。天気予報では2月始めに最低気温・最高気温、共に氷点下の数値が現れ、そろそろ地下室も暖房する時期が近づいたようです。11月始め、家全体を暖めようと1週間ほど地下ストーブを試し焚き、その後2ヶ月は必要の無かった2箇所のストーブ焚き仕事が戻ってきます。11月には新しい家の生活習慣を身につけたいあまり緊張感のある仕事でしたが、その後の温かい冬にすっかり怠け者になっています。億劫になりながらも、地下のストーブの前に立つと、ここはひとつ陶芸家の意地で、最短時間で点火を完了してみようなどと、すっかり火遊び気分になってしまい、地下への階段上り下りも、冬場のアスレチックに最適!と浮かれてきます。

そうやって、台所のストーブに薪を放り込み、次は地下に降りてストーブを覗き、燃え具合を観察します。現在のところ点火用の木っ端材が不足気味です。地下ストーブの場合はずっと傍にいるわけではないので、序々に火を大きくしていくのではなく、いきなりブリケットの一塊を点火させる方法を検討中なのです。わずかに燃え始めたブリケットの上に次のブリケットを重ねるタイミングが肝心です。早すぎると、わずかな炎が全滅!!地下のストーブ脇にはエコ点火剤なるものが何箱もストックされていました。

この家の前住人シュテファンから、どうだい?震えていないかい?とメールが来ました。彼はこの家に10年住み、現在はカナダに暮らしています。彼がエコ点火剤の山積みを残していったわけですが、実際にストーブ焚きを初めてみて、彼が私と同じように素早く点火し、炎を安定させたかったに違いないこと、その手段がこれだったのか、と理解できました。
さらに地下には木箱の山済みがありました。初めそれは木やブリケットを運ぶために集めたものと思っていました。春先や夏に果物をまとめ買いすると入ってくるような、足でつぶす、ちょっと圧力を加えるだけで粉々になる代物です。実はそのやわな木箱も炎安定のための助けだったのですね

10年この家に住んでいたら、極寒の年もあったでしょう。とっさの手段をシュテファンは残していったわけで、それに私がやっと気がつく余裕があるほど、この冬は穏やかです。1月末の雪で覚悟したにもかかわらず、2月の2週間予報では氷点下より下のポイントが1回ぐらい。このまま暖かくなるようだったら、果物籠を集めたり、端材を集め切り刻んで、来年の冬に備えなければと、思ってしまう。

そんな油断をしていてよいのだろうか?


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朝、台所の窓に差し込む光も心強くなってきた






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この家のいつの時代の住人が、台所の雰囲気をこんな風にしたのだろう。コーヒーカップ柄は帯状の壁紙を張り込んだもの。







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このごろ、パンクもすっかりこの家になれて、お気に入りの場所を増やしている。
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by kokouozumi | 2014-02-02 07:50 | Comments(0)

引越し完了 2013













新しい家での通信が可能になりました。
1ヶ月前テレコム(電話会社)に引越しの連絡をした際に、顧客番号、現住所、引越し先住所を伝えると、対応者はたちどころに双方の家の回線状態がわかってしまうらしい。「引っ越す先の回線はまだ解約されていません。しかも他の電話会社が入っています」やれやれ面倒なことだな・・とぼんやりしていると、電話の向こうでは「貴方のために特別チームを組織します。貴方は前の住人をご存知ですか?」前の住人・・ああシュテファンのことか、「え~と、名前は知っていますが、姓のほうはなんだったかな?」「xxさんです。」なんだ、他社と契約していた住人の名前まで判るんだ・・・。

結局シュテファンは引っ越す際にちゃんと解約をして、しかも外国に住むと伝えたにもかかわらず、契約期間がまだ数ヶ月残っているという理由で即時解約不可能だったという事情が、本人と直接連絡を取って判りました。

電話回線がつながるのは荷物を運び込んだ翌日。その日、特別チームとかの一団ではなく、たった一人の担当技師がやってきました。部屋の中の電話差込口と地下の配線盤になにやら計器を当て、それから10分ほど路上の箱(何の箱?)を調べに行って帰るなり「OK」の一言でルーターを接続。それだけで、スタンバイしていた私のパソコン上に接続マーク。今回はまったく私の出番が無い!というのは10年以上前初めてルーターなるものを装備した際には、テレコム職員(もちろん独逸人)が日本語バージョンのPCにルーターを認識させるために、彼がやりたい操作を代行しなければならず、2年前の引越しでは、電話で指示を聞きながら一人で操作することになりました。今回はもしもの場合のトラブルに対応する専門技師が派遣されたおかげで、楽な通信再開でした。





さて、引越し先ですが・・・初めてその家に案内された時、気になったのがこの地下室。


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正確には地下2階部分というべきか、地下室にある木製の扉を開けるとさらに数段降りた場所。すっかり地中にもぐった位置のはずなのに、なぜか小さな窓が付いている。巨大なワイン樽が二つ並んで置かれ、ドイツの古い家によく見られる、地下の自家製果実酒倉らしいが、今では大家さんのジャガイモが保存されている。小さな窓が気になった。単なる窪みとしての用途なら、壁に続いて塗りこめてしまえばいいものを、なぜわざわざガラスがはめ込まれているのだろう?その向こう側は土に埋もれているようだが、実は何かの際、叩き割ればこの空間に空気が流れこむようになっているのだろうか?猫ならともかく人間が抜け出すには小さすぎる。「ここは戦争中空襲があると、家族が避難所にも使っていた」と案内人の説明。

この家の建築は1922年。第一次大戦直後に一市民がいざとなったら避難部屋になるよう酒蔵を設備したのだろうか?調べてみると確かに第一次大戦後、防空連盟というような組織が出来、雑誌を発行して民間人へ防空に関する提案をしたり、民家が防空手段を設備する場合、公的な補助が受けられる・・・という情報も提供していたらしい。が、補助金制度が効力を持つのは1927年以降のこと。1922年建設の家に防空を考えた設備をするのは早すぎる?

大家さんとジャガイモの話をした。あそこの保存状態は完璧なのだそうだ。「昔、冷蔵庫が無かった時代だから、そのような地下に埋もれた部屋を食料保存に利用した。外気に影響されない常温食料保管室ということ。当時はパンも各家庭で焼き、そこに保存していた。」さらに大家さんの説明によると、第一次大戦中の大問題は食糧難だったから、戦争直後に建築されたこの家にとっても、食料の保存が第一条件だった、ということだ。

だがやっぱり、あの小さな窓がいったい何か疑問は残る。ガラス戸の向こう側がレンガなのか、なになのか良く見えず、ガラスを割ってみたいと、一瞬思ってしまうような。






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by kokouozumi | 2013-10-18 07:00 | Comments(0)

広告



いつものように、作業中に見つけた新聞広告は
こんな煙の中に人の手がわずかに見える奇妙なもの。
広告主はこの日刊紙発行元のFAZ(フランクフルター・アルゲマイン)だから
贅沢に見開き2面全面を使って、こんな煙にまくような広告を堂々と掲載している。


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左下の小さな囲いの中に、唯一広告的な文章がある。
『その背景には常に賢明な頭脳が隠されている』

その一文を頼りにFAZのサイトで調べたら、なんと
この青い煙はタバコの煙で、喫煙者Helmut Schmidt (ヘルムート・シュミット)ということだ。
三代前のドイツ首相が、右手しか写っていない写真を広告に使うなんてさすがに強気の新聞。
Schmidt氏、現在93歳は今なお健在な喫煙愛好家なそうだ。
撮影の合間にSchmidt氏がつぶやいた言葉として、
「政治家は彼の領域においてよい見本となるべきだが、人間生活のすべての領域に関してというわけには行かない・・・」


ああ、そういえば広告の右端にHelmut Schmidt の名前が入っている。

ちなみにSchmidt氏は毎日8紙の新聞に目を通しているそうで、FAZの記事では文芸欄がお気に入り。

FAZは1995年から、時の話題の人・場所・物事を自社の広告に反映させている。
たとえば、前の週はアメリカのコミック作品が使われていたから気が付かずにいたが、これまで80人の人物がこの新聞読者を募るキャンペーン広告に登場しているということだ。今回のように見開き全面の広告に目を留めた人は、Web上でその事柄の背景を知ることが出来る。その人物や事柄が最近のいつから(何年の何月何日からと明記されている)多くの新聞・雑誌メディアに登場しているかということまで、知らせていることから推測すると、この見開き広告を担当しているチームはモチーフとして、最近の記事として登場回数の多い人物や物事を選んでいるのだろう。

なんだかよくわからない紙面上の広告を見て、Web上でその意味を知り、さらに関連する記事を過去に遡って読むことが、興味を持てば出来るわけで、新聞を読むということを促す、面白い戦略だと思う。最近紙面をなくしWeb上のみに切り替えた新聞もあるが、FAZは逆にこのような広告や前面カラー写真、さらにイラストを効果的に使って視覚的にも面白い紙面へと、どんどん変化させている。




この広告紙面撮影に関するフィルムがある。
過去に取り上げた80人の人物の中で、好評だった場面の撮影風景がドキュメントされている。


下記のサイトを開いたら、写真が並んでいる左下のStartenをクリックすると映像が出ます(または真ん中の→を)
Making of Film: Die Klugen K�pfe hinter der Zeitung - Kluge K�pfe - FAZ











d0132988_647516.jpg

しかし、私の周りで新聞といえば・・・パンク
新聞紙を開くと当然のように乗ってくる





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・・・
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by kokouozumi | 2013-08-25 06:31 | Comments(4)


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