海 その3


今回の帰郷で写した写真からもう一つの話。

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このぼろぼろになった扉はかつて塩の専売公社として使われていた建物の入り口です。
小学校に入る前の私は父に連れられてこの建物の中に入った記憶があります。事務所というより何か研究室のようだったことを覚えています。その後何十年もの間、殆ど使われることもなくただ建っていました。

海を背にしているこの建物の古風な研究所といった雰囲気と周りの環境が気に入って、手に入れ文化施設にしたいという人と、見に行ったことがありました。それから向いの歯医者さんが買い取りたいという話も聞きました。が、こんなにいたんでしまい、ついに今年取り壊されるそうです。



d0132988_925988.jpg完全にお化け屋敷!












渡波には塩田がありました。それはもっともっと昔、江戸時代に開拓されたようです。日本中の海辺に点在する他の塩田と似たような経緯があるのだろうと思いますが、伊達藩の所有として塩が作られていました。軍資金調達にこれも日本全国の各藩は大変だったと思いますが、米・塩・陶器は藩専売品でした。伊達藩も大阪だったか江戸だったかの商人に多額の借金をしていて、米だけでは返済できず、塩に力を入れていたようです。

それから幕末になりと、時代の変遷と共に塩田の管理がどのように移行していったのか・・・そんなことは役場にいって調べるものなのでしょうが、私はただこの老朽化した建物を写してきただけです。

母の友人で渡波の古い慣わし、現存する遺物的場所について、調べている方がいて、写真と文章を丁寧に組み合わせた、一冊の本と呼べるファイルを見せていただきました。その中に塩田のページもあり、初めて塩田の中でどのようにして塩を作っていたか詳しく知ることになりました。思ったより複雑で天候に左右され、労力の要る方法でびっくり。

入り浜式というその方法は
潮の満ち退きを利用して、塩田の地盤は満潮時に海水を含み、潮が退いた朝、その広い地盤一面に砂を撒くと、毛細管現象で砂に海水が浸透する。昼間の太陽熱で水分が蒸発し、砂には塩が付着する。午後(多分炎天下の最も暑い時間)四角い下が、ろ過装置になっている井戸の中に塩のついた砂を集める。上から海水を流すと、ろ過装置を通過して、濃縮塩水だけが井戸の下から横の穴に流れ出す…。

ここまで、読んでくださった方有難う。字を見ただけでも、とっても大変そうな、塩田の仕事です。江戸時代この塩田では30組以上の塩作り業者が入って、仙台藩(伊達)の所有する塩田の中で最も多くの塩を産出していたようです。天保11年(1840年)の記録で、宮城県内の塩生産総量、一年分20万俵のうち、渡波は5万俵、隣の流留(ながる)が4万9千俵で、万石浦からの生産高で半数を占めていたようです。

しかし、今となっては原始的におもわれるこの塩田での塩の生産も、生活文化の変化(重労働に対する)、生産性の改革で、割りの合わないものとなっていき、1930年代から廃田が続き1960年に完全に廃止。(なんだかこの年号はオイラーの歴史に符合するような…)オイラーといえば、海の少ないドイツでは、始め岩塩というものすごく高い塩を商っていたらしい。フライブルクの町の真中にSalzstrasse(塩通り)が横切っています。ここは塩が運ばれたというより、塩が商われていた裕福な通りだったそうです。

渡波の塩業者は全て藩に、その後専売公社に収めたのですが、裕福だったという話は??聞かないな~。


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by kokouozumi | 2008-04-05 09:25 | Comments(29)
Commented by tarutaru at 2008-04-06 23:00 x
塩はミネラル分の多い大島産、沖縄産、イタリア、チリの塩を使っています。
合理化、近代化という耳障りのいい掛け声で手間のかかること旧式のやり方が切り捨てられてきた。それが現在すべての産業で進行中であるということかな。食料自給率だってね日本は36%でしたっけ?クローン牛の肉なんか絶対喰わないぞ~
Commented by うお at 2008-04-07 02:56 x
大島産、沖縄産、イタリア、チリの塩は美味しいですか?

塩って、今すごく安いね。で塩だったら何でもいいやと、エンゲル係数の中で案外粗末に考えてしまう私ですが、器を作って、食いしん坊と思っているからには、美味しい塩の味にも敏感になるべきかと反省!

それから郷里に帰ると、自然母のお友達の中に混じって昔話になりますが、私が小学校の頃は、銭湯は薪屋でもあって、つまり風呂は当然のように薪で沸かしていた。銭湯の隣は桶屋で、向いは天麩羅屋で…つまり風呂に行ってその帰りに惣菜買ってと、生活がコンパクトに便利で、だからその土地の生活があったのね。

飛び出している私が言うのは変だけど、とても魅力的な生活があったな~と。
何を食べるか意識するのは、今でも大事よね。つくし!美味しかったですか。
Commented by tomato at 2008-04-07 22:16 x
うおさん、はじめまして。
tarutaruさんにお世話になっているものです。
うおさんのブログには時々お邪魔していましたが、
tarutaruさんのブログでの呼びかけで、
初めてコメントさせていただきます。
もちろん、ずんだ餅知ってますよ~
美味しいですよねえ
石巻~渡波~牡鹿半島~女川・・・
このライン、夏あたりに攻めてみようと思ってます。

ドイツは今から13年前に一週間ほど仕事で訪れて以来です。
(フランクフルト~ボン~ミュンヘン)

また寄らせていただきま~す・・・・
Commented by うお at 2008-04-08 07:13 x
Tomatoさん!ご返事に駆けつけていただき、有難う。
ずんだ餅知ってますか。私これが大好きで、なにせ学生時代、母はお土産にずんだの餡を大量にタッパーに詰めてもってきたほどです。

母は私があまりずんだを食べたがるものだから、電気カッターを台所に装置したのですが、薄情な私はその方法を却下しました。なんと言ってもすり鉢とできれば山椒の木のすりこ木です。トロリとした中に、粒の混じる具合がいいのです。

でもでも先日帰郷した際は、仙台駅で白松が最中の冷凍ずんだを買って、感激して食べてしまった!!ドイツにも持ち帰りたかったよ~。

>石巻~渡波~牡鹿半島~女川・・・
>このライン、夏あたりに攻めてみようと思ってます。

仙台、東京は新幹線で2時間、こまちだったら1時間半。是非是非ご家族とこのルート制覇してくださいね。そのうちTomatoさんのページにお邪魔して、色々地元の顔してしてしゃべります。はい。

Commented by kasai fumihiko at 2008-04-09 05:22 x
海の無い国 信濃には  塩尻という町がある!上杉謙信が 武田信玄に 塩を送った故事も有名。海から運ばれた塩が最後に着いた町が塩尻!! 諏訪の 隣組! 「どう  しお  も無い駄洒落」
Commented by うお at 2008-04-09 07:02 x
>「どう  しお  も無い駄洒落」

河西さんに座布団一枚

渡波には塩富町というのがありました。塩の取れるところにも、塩のないところでも、話を集めると豊富に出てくるのが塩。

塩っておもしおいね!

・・うおから座布団一枚とって。。
Commented by tarutaru at 2008-04-09 16:24 x
あの~、塩の話ですが・・・
塩尻の塩はわかるんですが尻はナンなんでしょうね?
尻ませんか。
飯田の隣、大鹿にも「鹿塩」「鹿塩温泉」というところがあります。
鹿が塩を舐めに来るところという由来らしいです。塩が採れたんですね。
ちなみにここは「歌舞伎」でも有名です。今でも文化芸能の盛んなところで芸術家が多く移り住んでいるところ。飯田下伊那地区では特異な地域といってもいいかもしれません。実はうちのルーツがここにあります。
塩が鹿も人も引き寄せるんでしょうか。そういえば塩田という地名もありますが・・・
Commented by うお at 2008-04-11 02:27 x
> 塩尻の塩はわかるんですが尻はナンなんでしょうね?
> 尻ませんか。

...Taruさんから座布団一枚とって!!
信州人!。あそこは親父ギャグの巣窟か これでFantaclさんが出てきたら、こわっ。

でもギャグと政治と独創は男の大好きな三種?

そうです昔妙義山の下は全部海だったのです。塩壷だった土器もごろごろ出てくるはずです。.…女はけろっとウソツキです
Commented by 河西文彦 at 2008-04-11 04:02 x
母はタルタルさんて、信州のおやじだったの?はははって 書いたら。
母はだって!これじゃ信州は 「おやじギャグの巣窟」と思われても
しゃーないね1 でも ギャングの巣窟じゃねえぞ。
Commented by 河西文彦 at 2008-04-11 04:08 x
コメントの枠小さすぎる!塩尻の尻は、普通に考えて「終わりとか終点」です食べ物だって  出てくる最終点でしょ。後は「知りません!」と尻をまくります。けつ論とも言うか。目の病にけつまくる炎というのも  有る?  結膜炎 じゃ
Commented at 2008-04-11 04:20 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 寛太 at 2008-04-13 16:00 x
ずんだ餅 調べてみたら 豆打(ずだ) が語源らしい ドイツで枝豆作ってたころよく作ったなあー あれ仙台のもんだったんだね 
まー ずんだ でも食うベー そんだ そんだ 
東北地方の食べ物だとは思ってたけど

塩尻 調べてみたら 塩田で 塩をすり鉢上に積み上げた物を言う ここに海水を入れて塩を取るとある
なんか見た目が いろっぽい白いお尻がいくつもポコポコ並んでる絵だったんじゃないかなーとスケベおじさんは想像する
その塩田の景色に雪のかぶった山々が似ているんで塩尻とつけた が美しく 正しいと勝手に思ってる

こういう フォローって 内助の功みたいで 
し お ら し い?
Commented by 寛太 at 2008-04-14 00:46 x
せっかく 決まった! 座布団 5枚 と思ったのに小さなミス発見
塩尻は 塩 じゃなくて 砂 をすり鉢上に積み上げたもの でした
情報は正確にお届けする がもっとうの寛太でした
Commented by kokouozumi at 2008-04-14 04:49
河西さん漢字にしてもKasaiさんだってばれてますよ!

>陶器の故郷しってます、 故郷は(とーきに)在りて思うものそして (じ>きに)忘れるもの、 別に 石持て 追われたのじゃないけれど。
あはは、ブログで笑点して遊んでますね。
陶器づくし、恐れ入りました。座布団2枚進呈!

私はなにせ、ラジオでおばあちゃんと講談・落語聞いて育ったから、東京に出ると、寄席に通ったよ。寄席の高座に笑点スターたちが出てくると、当時はなんだか違和感があった。本末転倒だけど、テレビスターも高座にくるんだってね。今思うと談志とか三平、円楽今では高座で聞けない話家がぞろぞろ出てた。
Commented by うお at 2008-04-14 05:23 x
> し お ら し い?  

本当は10枚ほしところ、5枚に遠慮してる?仕方ない5枚進呈…あっれ
うちに座布団もうないよ。河西さんのとこに3枚いっちゃったし、玄関マットでいい、ちょっとどろんこだけど。

> 豆打(ずだ) が語源らしい 
知らなかった。いまもドイツのどこかで誰かが枝豆栽培しているかな。
冬の小豆餡に対して、大豆でも夏、枝豆の時期にしか食べられないから、余計夢中になったのかも知れません。地方のうまいものは貧しさゆえの産物だったりします。
Commented by tarutaru953 at 2008-04-15 00:52
尻は個人的に好きです。豆という豆はほとんど好きです。ずんだってウグイス餡違うの?
Commented by 寛太 at 2008-04-15 02:48 x
ウグイス餡は えんどう豆 で作る
ずんだ餡は 枝豆 で作る
こんなことも知らないなんて 
し お が な い なー (ちょっとしつこかったか?)
Commented by tarutaru at 2008-04-15 14:00 x
そうだった。。。えんどう豆と枝豆の違いだったね。なるほど~こんな馬鹿なコメントばっかでど~しお。。。枝豆の方がパンチがありそうだな。僕は漉し餡より粒餡がいいです。
Commented by 河西文彦 at 2008-04-16 05:34 x
皆さん 暇なんですね、かく言う わちきも!自分のブログほっといて
「オイラー」に かかりっきり、なんせ 座布団もらえるもんね、ところで「ずだぶくろ」もずんだもちに関係ありかな?塩尻 納得?寛太さんありがと。これは坊さんが 使っていたはずなれど、托鉢のとき。
Commented by 河西文彦 at 2008-04-16 05:39 x
「ウグイス嬢」はきっと、遠藤さんて言うのかも?アナウンサーと言えば 新しく始まった「経済最前線」の女子アナの ( 口 )が、
かっわいい!!まるで  河童娘の口みたい!!えんどう豆から脱線
Commented by kokouozumi at 2008-04-16 07:02
ワッ!どうしたんだこれは!!
ちょっと、油断してるうちに、ブログジャックされそうだ。
みなさん!このブログの持ち主は、河西でもKasaiでもTarutaruでも寛太でもなく、Kokouozumiですよ~。

> なんせ 座布団もらえるもんね
座布団もう無いってば、3枚返して!ずり!どてっ…

> 僕は漉し餡より粒餡がいいです
それは小豆のことでしょ。まだわかんないの?お しお き ですよ。
でもこの乗っ取り状況なんだか懐かしい。東芸に通ってた頃、授業が終わって下宿に帰ったら、部屋には既にわいわい人がいて、びっくりした。皆鍵も無いのに、どこから入ったのかな。その中に現在Tarutaruを名乗る人が、混じっていたような気がする。これも現桜庭夫人のしげちゃんなんか、授業に出たくないから居させてって、朝から人の下宿にこもってたっけ。

> し お が な い なー
前回の窯焚きで塩買い忘れたの誰だっけ! 塩が無い!!

Commented by 寛太 at 2008-04-16 16:36 x
頭陀袋 元は仏教用語ですね ここにでています
このサイト勉強になりますよ
http://www.terakoya.com/yougo/b_yougo.html

これで 調べ物も し お さ め ですかな?
Commented by tarutaru at 2008-04-16 22:26 x
お馬鹿なコメント入れると一杯知恵をもらえるようでためになるブログですね。リンクさせてください。・・・てもうすでにしてました。だはは

なつかしい東芸時代のお話です。桜庭ブラザーズ、ファミリーこのブログ見てますか~?あの頃は良かった。。。
寛太君、河西さんまたいろいろ教えてね。
Commented by かさい  ふみひこ  で どう at 2008-04-18 05:38 x
とうげいだい  の  学生 を  大阪の 大学生が コンパに 呼んで 「かんげい  だい」  って  きくおう  の駄洒落よりひどい?? 大学へ 行かせてもらえんかった だめ高校生じゃけんね
Commented by KasaiF at 2008-04-25 06:15
東京芸大 だけがこんなに 面白いのですか?それとも みんな 岡本 太郎 さんなんでしょうか?  皆さんのおかげで 人生まだまだ捨てたものじゃないと  がんばれます。ちなみに 「がんばらないこと」を本にして 大もうけ?したのは(元)諏訪中央病院長だった
鎌田さんです。 ご自分はずいぶんがんばったひとです。
Commented by kokouozumi at 2008-04-26 04:37
KasaiFさん
東芸時代って、予備校のころよ。はずれました。みんな貧乏でね。コタツの上にキャベツ一個置いて、四方から一枚づつ食べたなんて、合格よりも生きることにがんばった時代です。それでもみんな栄養失調なんて考えたこともなかった。
Commented by 河西文彦 at 2008-04-29 12:17 x
キャベツ一枚ずつ 食べてても栄養失調にならないのが若さ!今戸金子供 いっぱい なんだか野 「アレルギー」を持っているとか!そのため 給食の係りの大変なこと一人ひとり  パックして 各クラスへ! 中には 給食費払わない 不埒な 親が居るとか!俺の小学生のとき 我が家は実際 給食費にも 事欠く生活で 母親が 大変だった。今の給食費未納とは 違ってた、担任もわかってくれていた。
Commented by 河西文彦 at 2008-04-29 12:20 x
今時の子供  なんだかの 「アレルギー」  の変換が おかしくなっていた  失礼
Commented by kokouozumi at 2008-05-01 06:20
河西 さん
地球も私たち(他の人を道連れにしていますが)と同じように、お年ですね。私が若い頃はまだ、粗野、粗食、ワイルドが許される環境が残されていたように、今となっては思います。花粉症は花粉が運ぶ排気ガスなどの良くない空気中の浮遊物が実際の原因だそうです。アレルギーも色々な状況の蓄積が、今の子供達に影響しているのかな。ドイツに来てアレルギーの出ない小麦粉を一生懸命調べている人などいます。

アレルギーの問題も、あるポイントでまた次の問題が発生してしまうのですね。奇々怪々な世間ですが、少なからず、大きな視野を持つよう心がけたいと思います。


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