町を見る





あの上から町を眺めたいと、引っ越してきたときから思っていました。

そうか、初詣にはちょっと遅いけれど、そのつもりで行ってみましょう、と異教徒は恐る恐る・・・というよりは雨間を狙い速攻で丘に向かいました。

さあ、ついたぞー、と入り口でシャッターを切ろうとしたら・・・「カメラ動かない」
そうだ、しばらく使っていなかったからバッテリーの状態がわからず、念のため充電していた・・それを装填せずに駆けてきた・・・

あわて者は又丘を駆け下りる。


どんなに小さくても、教会はやっぱり大きい!それに境内いえ、え~と教会の場合はなんと言うのだろう・・前庭が狭いので建物を上から下まで捕らえるのに、丘から転げそうになっていたら、まず傘が転がってしまい、その拍子にシャッターが切れて、教会は無残にもちぎれてしまった。

それから、教会の扉を押し開けて、礼拝堂はちょっと覗き、おもむろに展望台へ続く階段を、   階段を、・・・階段を進むはずが・・・鎖がかかっている・・。鎖の真ん中に看板が立てかけてある。日曜日は・・・あと1時間しないと展望台にはいけない。

あわて者はすごすごと、ふたたび丘を下りる。








d0132988_2552980.jpg












d0132988_2563787.jpg


長かったなあ、道のりは!やっとたどり着いた。



教会の真下、黒い塔が突き出ているのは市役所。その向かいの黄色く塗装された木組みの建物も市役所分館で、住民課があり、引越しの手続きに行った。
その間の広場で、クリスマスマルクトが開かれていた。







d0132988_257614.jpg



私が町の広場に惹かれるようになったのは、ヨーロッパに来てからかもしれない。ある町の広場に立つと、それが大きくても、小さくてもなにか人がそこにたたずむことを許してくれるやさしさがあった。すべてを知らないが、美術館前の広場、市役所前、教会を取り囲む、いろいろある。が駅前広場の記憶は少ない。以前フライブルクの都市計画課の方が、広場をポイントに町作りを考えている、と話していたように、人が集まる場所の意味はそこがどのように利用されてきたかを刻み、歴史の中にある固有名詞ではない、その他大勢の一人ひとりに場所を提供するやさしさがあるのかもしれない。そんなわけで、広場という言葉に引かれて堀田義衛の『広場の孤独』を読んだことがあったが、そこに描かれていた広場の構図は全く違うものだった。

家に帰ってから、写してきたこの町の小さな、猫の額のようなともいえる広場を眺める。そして初めて気がついたのは、マンホールの蓋を取り込んだ赤レンガの筋。歩いている時は、奇妙な模様を道路にてけていると思ったが、もしかしたらこれは下水管の位置と合わせてあるのだろうか?だとしたら、これも1つの都市計画としてすごい。






d0132988_622484.jpg



広場から出て、さらに奥、丘の教会に続く道の石畳は、もしかしたらもっと古い時代に作られたのかもしれない。2回目に丘を下りた時は、10分弱の道のりとはいえ、さすがにもう家に帰らず、広場片隅のカフェに入った。その壁になんだか町の歴史が書いてあったようだが、1200年代だったかな。ここから上の家々で水道管が破裂したらどうするのだろう・・・。






d0132988_258444.jpg


写真のちょうど真ん中辺、なんとなく大きな建物のあたりが旧市街の境目、そこから垂直にまっすぐ上方にわたしの住む家がある。町が切れたところから続いているのは自然公園の一角。春になったら自転車が活躍しそうなこのあたりの風景。
[PR]
by kokouozumi | 2012-01-09 03:01 | Comments(37)
Commented by 河西文彦 at 2012-01-10 13:09 x
背の低い人が5センチ大きくなると「世界観」が変るといいますが、屋上からの眺めは 王様になった気がしませんか? くれぐれも 何かを投げ落とさないで下さい。あの傘は まさか!高所恐怖症の私はあまりぞっとしません。目薬の届くくらいの高さが 一番。それにしても うおさんの慌てふためきぶり 見たかった。まるでさざえさん?
Commented by M野 at 2012-01-12 00:39 x
これがベンツやポルシェの街なんだと思うと、驚きます。本当に砂糖菓子のような町並みですね。この広場に様々な果物や野菜がちりばめられた市が立つのですね。
ここからは全くの個人的な意見なのですが、実は高い所で写真を撮るとき、なにしていいのか解らなくなります。
感動を伝えたいのにどうすりゃ良いんだという、手に余すなにかが高い所にあります。物理的に高いだけでもそうです。
でもマンホールじゃないけど、高い所じゃないと解らないのは確かです。
で寛太さんの見る景色は、どうなんでしょうか。
この場合実績があるのでガクガク・ブルブルでは無いでしょうが、どんな景色なんでしょうね。
Commented by うお at 2012-01-12 13:14 x
河西さん
町の写真が動画でそこに走り回る私、自分でも見たかった!
いやー、あそこの鐘楼をめぐる回廊は狭くて、囲いのフェンスは低く、写真取りながら傘を落とさないよう気をつけました。

それどころか、突然耳元で鐘がなるとびっくりして、落ちそうになります。なにしろ30分に一回はどれかの鐘(時間によって音色がちがう)がなるので、上に上った人は大抵1回はびっくりすることになりそうです。
Commented by うお at 2012-01-12 13:32 x
M野さん
ベンツで働く人が多く住んでいると聞きました。引っ越して一番初めに住んだ町と自治体の管轄が一緒で、課によってはそっちの町に行かなければならない。今はメール通信で役所ともやり取りできますから、不便さは今のところ感じません。

高いところから広い視野を得て、このカメラじゃ駄目だ!が今回の私の感想です。カメラマンさんでもそのように感じられるのですから、カメラの問題ではないかもしれませんが・・・あの広がりはまさに伝えようのない感動ですね。それから回廊を裏側に回ると、礼拝堂部分の長い巨大な屋根が突き出しているのです。この屋根も撮れないな、と思いました。

名所の教会ほどガードされていないあの回廊は結構怖かったです。
Commented by 河西文彦 at 2012-01-13 14:23 x
こうして教会からの眺め(写真)ヲ見直してみると、遠くにかすむ 眺めと眼下の町並み ドイツって メルヘンチックな町(国)ですね。奈良井宿や
飛騨高山と違って 趣があります 両方を体験出来る自分は幸せ度
100%  うおさんの 歩き回り写真エッセーに感謝{転げ回り?}
Commented by うお at 2012-01-14 08:50 x
河西さん
インゴルシュタットの教会からの眺めはどうですか?
ドイツの町というより、ドイツのそれぞれの町の顔ですね。Herrenbergは自然の中にポツリ点のようにある町の印象があります。その背景となる広い自然のほうはまだ歩き回っていません。みんな日々の生活があるから、なかなかのんびり歩き回れませんね。
この教会の上からの眺めは・・あっという間に・・郊外まで転がり落ちそうに見えました(爆笑)
奈良井宿や飛騨高山の古都もいいですね。河西さんは行ったことがあるのですか?
Commented by 河西文彦 at 2012-01-14 21:43 x
インゴルシュタットどころか どこの教会にも登ったことがありません。確かに色々な町町で ことなる風景なんですよね。1972年の冬 お日様いっぱいのカリフォルニアから どんより曇り空のベルリンテンペル空港の上空に来た時 ほっとしたのは 不思議です。真っ青な空はちょっと落ち着きませんでした。曇天はドイツに帰国とほっとしました。
Commented by うお at 2012-01-15 07:46 x
河西さん
あれ、そういえば始めに高所恐怖症と書いていましたね。とんだ突っ込みで失礼、ペコ。
私は完全に馬鹿と何とかは木に登る類で、高いところが好き!飛行機も好き!なのです。だからあの教会の螺旋階段を見ると、自然にぐるぐる上ってしまいます。

ドイツの空港についたとき、私もほっとします。空港から電車駅に移動する通路を歩きながら静かさにほっとします。空が暗いから、室内の照明も暗いし、暗いとみんな騒がないで静かになる・・の図式がありそうですね。インドの宗教、ドイツの哲学、アメリカの乗り、日本の情緒、なんだかみんな空の色と関係しているのかな。
Commented by 河西文彦 at 2012-01-15 14:22 x
色即是空 空は見上げるものですし、空の青さで心も明るくなったり
沈んだり、一番身近に自然を感じさせてくれるのでは、小さな頃
悪いことをしたり、悪い点を取ったりすると。姉は「そら、ごらん!言ったでしょう」・・・九ちゃんも歌っています。見上げてごらん夜の星を。小さな幸せがきらきら輝いていますよ。涙もこぼれないし。
Commented by うお at 2012-01-16 08:20 x
河西さん
色即是空 そうか、インドの空は透明だったのですね。
夜の空を見上げると、今日Herrenbergの空は星が瞬いていました。
工房を出るときは星に気がつきませんでした。

そら、ごらんと私も言われそうですね。
Commented by M野 at 2012-01-17 02:44 x
おもえばドイツって地震が無いんだったなー。
Commented by うお at 2012-01-17 07:48 x
M野さん
そうなのです。
地質の構築と地理的崩壊
いつか思いついた言葉なのですが。
Commented by 河西文彦 at 2012-01-17 13:04 x
私の知っている星座(指差せる)のは、オリオン座、カシオペア座,大熊座
小熊座,若しかしたら さそり座も(美川憲一でなく!)白鳥座、ですが
東京で働いていた頃 23時まで働いて 京王線 笹塚駅から30分歩く時
舟木一夫の歌とともに見上げた東京でも星座が見えました。
Commented by うお at 2012-01-18 06:36 x
河西さん
今夜も星がきれいです。それだけ空が澄み渡り、暖かい空気がすべて、星のかなたに吸い込まれていくようです。


河西さんの星座名を読んで、確認しようと外に出てみました。
まずオリオン座・・その周りにいろいろ光っているのを適当に線で結んでみましたが、ふたご座に結ぶのは難しい・・・離れて北斗七星がちょっとゆがんで見えます。北極星の位置を反対側に探してしまいました。

冬の星座はきれいですね。子供のころ覚えたものは、余計なものがなくて、なんてきれいなものばかりなのだろうと、思い出していました。
Commented by 河西文彦 at 2012-01-18 12:50 x
諏訪に洋画専門の「オデオン座」というのが在りました、何の脈絡も無く、
オデオン とオリオンは 同じ物だと思っていました。だって 両方「座」が最後に着くし、多分 英語とギリシャ語 の違いなんだと 一人で納得してました。実際は違うものなんですね。
Commented by tarutaru953 at 2012-01-18 18:20
街、いい眺めですねえ!
街、好きです!
僕のモチーフの一つです
子供の頃読んだガリバー旅行記だったかなあ
おもちゃのような家のメルヘンな風景、思い出しますね
屋根や窓がいっぱいあって人が出たり入ったり・・・
いなくてもいいんですけどね(笑)

ヨーロッパは集会場が広場なんですよね
広場で会議でも祭りでも競技会でもなんでもやる
多目的広場だったんでしょうか?

いいところに住んでますね
きれいです
ゴミがない。。。

Commented by 河西文彦 at 2012-01-19 05:03 x
ウオさんが毎日お掃除してますからね!なんて 確かに室内でも日本の家屋に比べ「ホコリ」が少ないですね。ガリバーですか?大きなガリバーが有名ですが、日本らしきところに行くガリバーの話もあるんですね、つい 「家畜人ヤプー」を思い出します、なにしろいろんな国への物語ですから。樽さんが ドイツに出現する日 楽しみです。
Commented by うお at 2012-01-20 09:17 x
河西さん
オデオン座ありましたねえ。いろいろなところで目にする劇場の名前のような気がします。こうして話題になると、改めてその華やかな名前に、映画時代のいきごみ!みたいなものを感じます。

私の郷里にオデオン座があったら、それはギリシャ語とか英語の違いというより、オリオンが訛ったのかと思ってしまいそう。
Commented by うお at 2012-01-20 09:39 x
Taruさん
こんにちは、そちらの冬はいかがですか?こちらはこれまでのところ雪もふらず、暖冬なのかな。でもこの町は雪が似合いそうでしょう。ドイツに住むからには、一度は冬の似合う町に住んでみたいとシュトュットガルトからちょっと外れたこの町に行き着きました。


生活に追われて、なかなか町の景色にどっぷりつかっている暇はないのですが(笑) ですから私にとっても、この町はまだ昔よんだ御伽噺の印象から一歩も踏み込めないでいます。


それから広場の印象・・これもTaruさん是非そこにたたずんでみましょうと、お誘いするのがいいのでしょう。掃除してお待ちします。

Taruさんの街はどんな風に出来上がっていくのでしょう?
Commented by M野 at 2012-01-20 19:58 x
オデオン座ですが、キリシャ語でオデオンは劇場という意味のようです。日本でオデオン座という映画館が多いのは、フランスのコメディー・フランセーズの劇場から取られたようです。
実際イギリスにはオデオン・シネマズという会社があるようです。アメリカでもニッケルオデオンという言葉があるようで、どうも娯楽の殿堂と言う意味合いになりそうです。
コメディーフランセーズの興隆が伺われます。
とはいえ重語ですよね。オデオン座というのは。頭痛が痛いみたいな。


こちらから見たら、この美しい町並みの中に住んだらどんなドラマがあるんだろうと思ってしまいます。この広場に立ったら、何やっても主人公になってしまえるのかなとも想像するのですが、住んでしまえば、なかなか難しそうですね。
日本はとりあえず記録的な大雪です。あと寒波が来た時のすごさがきついです。例外的に私の街は雪が少ないのですが、寒さはバッチリです。
ユーロの価格も上がった事だし、輸出しましょうか、この寒さを。
Commented by 河西文彦 at 2012-01-21 05:47 x
「カンパ」お願いいたします、寒いことは寒いのですが、北海道の
マイナス30度は想像出来ません。こちらでもマイナス20度になる時は在るのですが、今年の冬は 雪も無いのに しらじらしいです。2メートルの
積雪は 一回だけ 霧が峰で見たことがあるだけです。
Commented by うお at 2012-01-22 05:54 x
M野さん
教えていただいたオデオンという名前の由来に、オデオン座支配人という、あの時代のある人々の情熱や夢が私の中にも覚醒して・・それが感情移入というのでしょうか・・・きます。シネマ・パラダイスで描かれたあの時代のことです。あのフィルムの入ったドラムを自転車で運ぶようなことが焉しそうな今、オデオンという名を回想する会話にしみじみさせられました。


さてHerrenberg(へレンベルク)のこの広場。ここに走り回っているw私が写っていてもおかしくないのではと、思ってしまうほどプライベートな庭ほどの空間です。そのような空間を現在まで携えている、この町そのものが、気になります。そう考えるのもフライブルクという町の概念が長い間にしみこんだ感覚なのだと思います。

その意味で堀田義衛の『広場の孤独』が思い出されます。

寒中お見舞い申し上げます。
Commented by うお at 2012-01-22 06:07 x
河西さん
今朝起きたら雪景色だったこの辺も、夕方には手袋が暑苦しいほどの気温上昇です。

最近北海道出身の方に伺ったのですが、マイナス30度では、呼吸困難をきたす。そこでマスクをつけると息がマスクから上に逃げて、まつげが白く凍るのだそうです。ドイツは暖かいとその方話していました。想像を絶しますね。

生ぬるい寒さのなかで、温暖海流育ちのうおはほっとしています。

厳冬の地、信州諏訪出身の方がカンパバイラーになっているようですが、税関にご注意を!マイナス10度以上は没収されますよ。
Commented by 河西文彦 at 2012-01-22 06:22 x
中学生の頃教室の石炭ストーブが暖房でした、朝火を点ける前、煙突に触ると{室内にもかかわらず》ぴたっとくっついて仕舞うのでした。諏訪もマイナス20度にはなりました。大昔 松本連隊の戦車が全面結氷した諏訪湖の上で訓練をしたそうです。私の生まれる前ですよ 当然!!
Commented by 河西文彦 at 2012-01-22 06:29 x
諏訪も南信地区ですが、樽さんの飯田は 諏訪から見れば「南国」でした。そういう風に感じていただけですよ。北信の冬は正に北国で 諏訪の私には想像がつきません。長野県は いわば「ミニ日本」ともいえるように南北に長いんです。まほろばのl国と自負しており、一番日本人らしい性格を持っているのでは無いか(良いにつけ悪いにつけ!)その中でも諏訪の人間が一番信州人らしいのですよ。
Commented by tarutaru953 at 2012-01-22 10:09
>その中でも諏訪の人間が一番信州人らしいのですよ。
河西さん、それも取りようによってはおらが村的な感じがしないでもないですけど(笑)平均的な信州人ていうとどんなかって、おまけに今時の信州人もエキスが薄まってきてる感じですしね。飯田は日本のチロルですよ(笑)
Commented by M野 at 2012-01-22 17:54 x
日本のチベットから
長野県人の性格は、いい加減、と長野で聞きました。どうなんでしょうか。
長野全体で見ると、山に阻まれてドイツのように小国が乱立していたのでしょうか。それでいい加減になったとの説でした。
Commented by tarutaru953 at 2012-01-22 20:31
こんばんは、M野さんのご質問ですが、
いい加減なお返事はできないと思いますので
まとめは河西さんにお願いするとしまして、
「いい加減」というのは、鎌田實さんがおっしゃったものなのか。
「いい塩梅」の同義語なのかとも思いたくなったりしてますが、
江戸時代、出稼ぎに行った信州人を「大飯喰らい」「でくのぼう」
などと呼んだという説を知りました。
なんかあまりにもぴったりな言い回しに反発もできないでいます。
でくのぼうの末裔としましては、生涯信州気質を貫く所存です。
Commented by M野 at 2012-01-23 01:36 x
大飯くらいのでくの坊は私の事ですが…
実際の所長野と言っても、軽井沢と長野と松本と諏訪ではかなり気質が違うというのも聞いた事があります。私が話しを聞いたのも、上田市のあたりでしたからどうなんでしょうか。そこは信州ではないとの説もあるようですが。
Commented by うお at 2012-01-23 04:50 x
チベットとチロルでやりとりされていいますね。
どちらも高いところから、しかも大飯くらいのでくの坊どうしで、声も大きそうだし、よい加減にきこえるでしよう?

ところでTaruさんや河西さんが小さい頃泣くと、お母さんやおおばあちゃんに「信玄がくるぞ~」となだめられませんでしたか?信州人には武田信玄嫌いの遺伝子がいまだに受け継がれている、というのは本当ですか?

チベット、奥羽地方ではどうなのでしょう。
Commented by 河西文彦 at 2012-01-23 05:12 x
大飯グライは信州に関係なく、個人差でしょう、新入生歓迎コンパでカレーライス7杯の記録保持者です、ホテルの食事時 たっぷり醤油をつけて、先輩に「田舎者1」と言われたし、あまりスマートでは無いかも。信玄が来るぞは知りませんが、悪いことをすると「よんまれるぜ!」と言われたことがあります。これはやはり 武田に支配されてた名残です。
Commented by 河西文彦 at 2012-01-23 05:17 x
よんまれるというのは「読まれる」の事です、かつて甲州で 悪いことをすると名主が 同道して奉行所に、そして お奉行さまに罪状をまさに 「読まれる」のです。読まれるが よんまれるになったのです。諏訪の由布姫も甲府で読まれたのかしらん。今でも諏訪湖の湖底に 信玄のお棺が沈んでいるといわれてます。
Commented by kokouozumi at 2012-01-23 05:28
あはは、大飯グライはやっぱり信州じゃないの。レストラン信州!

お~~、やっぱり何かそういったニュアンスが残っているのですね。
諏訪湖に信玄のお棺が沈んでいる・・・て、それは絶対忘れたくない・・・てことじゃないかな。信州物語尽きませんが、次の間にどうぞ。
Commented by Fumihiko Kasai at 2014-10-03 18:42 x
ウオさん お久しぶり! 元気ですか?今ひょっこりこのページを見ていたら夏貸家(なつかしや_) いとしのウオさん 出ていました、今自分のブログ 旨く作動しない〔出来ない!)のでご無沙汰 フェイスブックでは 時々
飯田出身の長老  タルさんを見かけます。 親分は生きていますか
Commented by kokouozumi at 2014-10-04 05:53
Kasai さん ほんとうに久しぶりですね。座布団をどうぞ。粗茶も添えて・・お茶受け・・気のきいたものは何もありませんが、まだ雑草が伸び続け、その中にときどき木の葉の舞う庭を眺めながら一服してください。メリーとジェーンという美人達が美少年パンクに代わって、お傍に座しています。猫達に目じりを下げっぱなしの寛太親分も、もちろん隣に座っていますよ。お店を娘さんに任せて、ご隠居の真似事なぞしてませんか?
そんな優雅な時間をお過ごしでしたら、一度こちらの猫屋敷にお出かけくださいませ。

Commented by junko at 2015-02-18 17:36 x
素晴らしい景色ですね
ジオラマみたいな住宅、マンホール近くの筋までもオシャレ。
ヨーロッパは一度も行ったことがないので憧れます。
名古屋は寒さもピークを迎え、少し陽が高くなって来ています。石畳を自転車で・・・いいですね!
Commented by kokouozumi at 2015-02-26 05:46
jyunkoちゃん、こんばんは
久しぶりですね。お元気ですか。こちらも日増しに、光が明るさを増し、朝起きてカーテンを開くのが楽しみになりました。この冬も比較的穏やかだったドイツです。
この町には約2年ぐらい暮らしたのかな?とてもとてもこじんまりとした中世都市の面影を伝える町でしたが、この町での時間は、私にとって、ほとんど寝ている時間というだけで引っ越してしまいました。仕事する場所と住まいが別々だとそうなってしまいますね。
私自身、ドイツをのんびり観光したいと思うこの頃です。Junkoちゃんが来たら一緒に・・・


メモ


by kokouozumi

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

全体
陶芸
美術
オイラー
人々

独逸

未分類

タグ

Blog & HP

以前の記事

2016年 09月
2016年 07月
2015年 02月
more...

検索

ファン

記事ランキング

画像一覧