オイラー2010 あの窯屋

急に又、あの町
オイラーの町へ行ってきました。







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築140年の塩窯を持っている若夫婦の夫が、窯の焚口で薪割りをしていたので、一瞬「おっ!」と思いましたが、暖房用の薪作りでした。2008年の焼成後、窯床が沈下し始め全面修理が必修となりましたが、材料調達などのメドが立たないそうです。古い窯でも焚き続けていたなら、まだ大丈夫だったかもしれない。彼らが修復する前の50年間、窯が冷え切っている間に、窯内部に付着した塩がレンガに浸透しぼろぼろにした。

窯屋の中は相変わらずきれいに片付けられて、いつでも焼成ができそうです。2008年に焼いた塩釉作品は通路に一並べだけまだ残っていました。それから青絵付けの塩釉炻器を作り続け数年前に閉業した工房から、焼成のみ依頼された作品も通路の反対側にわずか残されていました。窯屋への入り口、製品の展示ルームに多分不在期日をインフォするための日付一覧が貼り付けてありました。それはまた年間12箇所のドイツ中の陶器市に出かけ、商売をしてくる記録でもあります。このブログ前回にキャンピングカーが出てきましたが、陶器市廻りをする陶芸家たちはあのような休暇志向のキャンピングカーではなく寸胴のワゴン車に製品を積み込み、市の場所に製品を下ろして出来る車内の空間で寝泊りしながらの放浪商売です。多分ホテルに宿泊するようなことはしない・・いえ出来ないでしょう。私は何人かの知り合い陶芸家が持っているワゴン車を知っています。なんとまあ面白いほど機能的に寝台やちょっとしたテーブル・椅子を内部に備えていることかと、これで商売するという厳しい状況を知らなければ、夢の移動手段に見えます。



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窯屋では夏の間、映画会が行われるようです

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片隅にビニールシートをかけ、こんなクラシックなオートバイが保管されている




さて、この町にはなくなったものとまだ残されているものが、渾然一体となって同居しています。町のある通りを辿ることは、19世紀のオイラー工房、19世紀の炻器工場、そして20世紀に設立された陶芸専門学校の建物を見つけることになります。



以前、この町の陶芸祭りのガイドパンフレットに45の工房が紹介されていました。昔からのオイラー工房として、私の知っている限りの名前は約5軒ほど。その他は昔ながらの工房に新世代の陶工または陶芸家が入れ替わって住んでいるか、全く新しい工房ができたかしていると思われます。

築140年の窯場に住み、制作をするこの夫婦が一例になるような、持ち主の入れ替えは、現代になって始まった現象ではないはずです。この窯が築かれた頃1860年からの窯場数統計数値だけを読み取ると、1862年にへーアで32の工房が記録され、1879年にはへーア42、グレンツハウゼン13。(こちらの地域には水瓶製造者が多くこの年40人の従業者が記録されている。また両地の炻器工場は含まれていない。)へーアとグレンツハウゼンが統合された1938年の工房総数は39。戦後の1948年に37とわずかに減っただけだったが、1961年ついに6軒の数字が記録されています。この数値から代替わりしたのか、持ち主が変わったのかという事情は読み取ることができません。カトリックのへーアとプロテスタントのグレンツハウゼンでは、窯場が維持され方にも違いがあり、へーアでは就業した弟子が工房を受け継ぐケースが多く、グレンツハウゼンでは家族の次世代へと引き継いでいくことが多かったようです。
 この町のオイラー窯業の時代が過ぎ去った現在も多くの陶芸家が住んでいるのは、いまだに窯業に関連する公的な機関が多いことにも起因するでしょう。陶芸祭りガイドには7箇所の施設が記されています。ヴェスターヴァルト陶芸博物館、陶芸・ガラス原材料研究所、陶芸テクノロジーと原材料センターの他、4箇所は専門学校です。IKKG(陶芸・ガラス造形研究所)のことは既に最近このブログにメモしました。IKKGと同列でコブレンツ単科大の専門分野として陶芸技術部門の専門研究所もこの町にあります。さらに地域の職業訓練学校の陶芸部門がやはりこの町に置かれています。残る1つは公立(国立)陶芸専門学校です。

学校の所在地から、オイラー時代商館に開設された初めの窯業学校につながるのはいったいどの学校か、突き止めるのは不可能です。このような窯業の町ゆえに専門学校が次第に枝分かれして、今は4つもあると曖昧に理解しておきます。と言うのも、どの学校にどのような指導者がいたかで、時代により学校の番付が入れ替わりながら、現在に続いているからです。深く考えると頭の中がごちゃごちゃになるのです。どの学校にも造形指導、技術指導のカリキュラムがあり、体育の授業があるかないかの差になってきます。う~ん、それを決め手とするならば、私は体育のないIKKGに軍配を上げたいような・・・手仕事に体育は必要かもしれず・・・

続く


参考までに
2008年のこの窯屋訪問時のメモは下記に↓


オイラーが・・ 塩釉炻器窯 焚口部分
オイラーが・・ 塩釉炻器窯 2 窯内部と窯屋
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by kokouozumi | 2010-10-29 03:56 | オイラー | Comments(39)
Commented by 河西文彦 at 2010-10-29 05:18 x
窯屋の映画館ここでは絶対「ブリキの太鼓」を見たい。昔見た ドイツ映画の暗い農村の生活と 青色の(青と白)瓶(壷?)が 暗い映画は 白黒で青い壷は ベルリンで訪ねた ドイツ人の家でやたら見かけました。塩で崩れた レンガ! 此方でも 古ーーい ワインセラーでみました。重苦しい 古いドイツ 魅力的でもあります。 カビくさーイ!
Commented by 寛太 at 2010-10-29 15:47 x
体育系陶芸家としては体育のないIKKGに軍配上げるわけにはいきませんなー 今藝大も体育は選択になったはずです どんどん美術系で体育の必要を唱える先生が少なくなっています 魚さんみたいに30年もエアロやってればいいのですが 手仕事はとかくお宅が入って出不精になって腰痛めて 仕事が出来なくなるケースがたくさんあります 体育指導もただスポーツをやらせるだけでなく 一生自分の体をどう使っていくか個人個人ちゃんと指導するべきだと思っています 
この窯場は 不思議なオオラが漂っていますね このままつぶしてはいけないような、、、 映画館にしておいてはいけないような、、、、 喜怒哀楽の感情がこもりすぎたものにある独特のオオラ 例えば古いお寺や神社にある 浄化された空間 と違うもの 
ブリキの太鼓 なんて上映してたら窯がバーーンと崩れるかもしれませんよ 河西さん
この町はまだ陶芸家にやる気を起こさせる力もってますね この窯も休火山 しかも富士山級の いつか爆発します っていうかさせてやりたい!!!
Commented by M野 at 2010-10-30 00:24 x
以前も紹介して頂きましたこの窯、改めて見るとこの家屋が巨大ですね。
一体どのくらいの大きさなのでしょうか。床面積でサッカー場の半分くらいでしょうか。そこにキーパーエリアより大きめの窯がありそうです。とはいえ窯の壁がどうも厚く窯の容積は小さいのですか。天井の高さは最大20メートル近いのではないでしょうか。
煙道の問題で、この家屋のサイズになってしまったのでしょうが、それにしても大きい。(うおさんこのあたり解説よろしく!私もよくわかんないから)
この窯でどんな映画が上映されているのでしょうか。座椅子は教会の椅子のようです。
Commented by うお at 2010-10-30 04:48 x
河西さん
白黒に青という、河西さんにとってかび臭いイメージにぴったりとなりましたね、今回は。ベルリンの陶磁器といえば、日本ではKPM(王立磁器工場)のイメージが強いですが、一般市民の日用器として東からも塩釉炻器(せっき)が入っていたとも考えられます。磁器にしろ炻器にしろ、その中に青がある・・というのがドイツで器を調達するロマンに繋がるところがありますね。

この窯屋の持ち主はあのバイクを見ても、とにかく古いものがすきなのか壁に張ってあった映画のポスターもクラシックなものでしたよ。ドイツの夏の楽しみに野外映画会もありますね。私は一度真昼の暑さに油断してサンダル履きで見に行き、映画が終わったら足が真っ白。油断大敵です。
Commented by うお at 2010-10-30 05:03 x
寛太さん
そうですね。実は陶芸専門学校に体育の授業が必要かどうかで、自ら指導者のE氏と議論したことがあります。ドイツ人の土練は力任せに叩きつけるだけ、でも日本の菊練はリズムが大切だから体育は必要・・・など話したものです。
私も大学で、あのこんにゃく体操という不必要な力を抜くことで、最大限の力を使えるという逆説的な技にであったことが、どれほど現在まで仕事に役立ってきたか計り知れません。

ところで寛太さんは大学時代、体育助手だったのですよね?
Commented by うお at 2010-10-30 05:13 x
寛太さん
体育の話だけで、忘れてしまいましたが、この窯なんとか復活して欲しいですよね。彼ら夫婦が修復する前の窯の写真を見たことがありますが、ひどいものでした。

それにしても、この町の昔のオイラーは窯のメンテナンスにいったいどれだけの費用をかけたのでしょうね。
Commented by うお at 2010-10-30 05:39 x
M野さん
イェーイ!私が計算していいのですか?どうなっても知りませんよ!
では計算します。
まずこの窯は42キュービックということです。幅2m×高さ2,5m×長さ8,5mが内側寸でしょうか。外枠は最大部分で幅6m×
11mもあるようですが、これはあくまでも地面に施工する際の大きさです。高さ(これが複雑なのですが)は約5mと考えられます。がこれも外の焚口がある場所の地面からの高さです。焔道の傾斜が焚口から反対側までの高さ比で1,5mということです。窯屋内の床面から窯天井までの高さは約2mでしょう。(床がわずかに傾斜している)
さて、窯屋天井の高さですが、窯天井から棟柱まで最低8mということですから、天井の一番上まで10m以上+5mとすると
15m以上かな。

窯屋の広さですが、幅は窯が2つ並ぶぐらいとして12m。奥行きは11m+アルファで13m。さらに物置スペースもありましたから200平米あるかと・・。サッカー場と比べていかがですか?
Commented by kokouozumi at 2010-10-30 06:14
M野さん
そうそう、焔道の問題なのです。日本の穴窯や登り窯は斜面を利用すれば炎は直接窯内を走りますが、オイラー窯(この町の場合)は斜面を利用しても、焔道の傾斜につかってしまうことになります。また穴窯、登り窯は、窯内部を走った炎は最終的に後ろの煙突から抜けていくわけですが、この窯では窯天井の前後10箇所2列の火穴すべてから噴出すので、窯屋の天井がとても高くなります。なんにしろ、一度焼成現場を見たいものです。

しかし今回はもっと巨大なものを見てきましたので、また後ほど・・

Commented by 河西文彦 at 2010-10-31 06:37 x
芸術家だけでは有りませんぞ!体力が必要なのは! 先輩がよく言ってました、「ボーイ100まで テーブル乞食、コック49で野垂れ死に」それほど調理場の仕事は きついのです、明日の朝も 床磨き運動でトレーニングです、明日から 冬です。ね  寛太さん?
Commented by M野 at 2010-10-31 20:50 x
少し過大に見積もっていました。でもちょっと実寸欲しいですね。それにしてもデカいですから。
塩釉の窯だから基礎が緩むのはナゼでしょうか。ちょっとよくわかりにくいところです。もしかすると石灰岩の岩盤上にあるとかなのでしょうか。それともモルタルの腐食なのでしょうか。
Commented by うお at 2010-11-01 05:35 x
河西さん
冬時間になりましたね。私の目覚まし時計だけは年中夏時間のままにして、冬に早起きしようとたくらんでいるのですが、起きた途端に「まだ1時間ある」と理解している・・怠け者はだまされませんね。
調理場の仕事はほんとうにきついですね。実は数ヶ月だけ小さな厨房でアルバイトしたことがあるのですが、あの重い調理器具に腕がたまらない。立ちっぱなし、走り回るで足がたまらない。次々くるオーダーをこなすのに3つも4つもの料理を意識するのに頭もたまらなくなりました。シェフともなると買い物から、店の掃除からさらに仕事が続くのですね。しかしながらシェフがすみずみ采配を振るうことが、店の雰囲気になるかと想像します。床磨きがストレス解消と体力維持になりますよう、心より願いながら。
Commented by うお at 2010-11-01 05:54 x
M野さん
そうですね。きちんとした実寸を知りたいと、計算しながら私も思いました。それから登りや穴窯のように中炊きしないで、炎が窯の外れまで到達する窯内部寸法の限界なども。

窯の基礎というより、このタイプの窯はやはり焔道の状態が重要なのかと思います。炎が8mなり到達するためには焔道の傾斜とか障害物が問題になるのかと。表面的な障害物は修理で何とか撤去出来たのでしょうが、そう漆喰表面から内部に入り込む塩が床素材をぼろぼろにしたと考えられます。しかし窯床下の構造をもっときちんと把握した上で、答えるべきでもありますね。

穴窯にも焼成回数で耐久年数が言われるのでしょうか?それともメンテナンスでかなり寿命が延びるのかしら。古今東西の陶芸家にとって、窯の維持はたいへんな仕事に違いないですね。
Commented by M野 at 2010-11-01 16:52 x
穴窯の寿命ですか。専門家ではないのでよくわからないのですが、基本的にレンガの質で決まったのではないでしょうか。あと基盤となる部分の土質でしょうか。レンガが発明されたのは古代メソポタミアだったと思いますが、耐火性の高い粘土を見つけるとか、焼き粉を混ぜて耐火性を高めるなどの工夫がいつ行われたのでしょうか。レンガの寿命は大きいです。基盤工事も大きいところでしょう。それらがそろうまでは、窯の寿命は長くはなかったと思います。ただ日本の穴䆴や登り窯は構造的に強度が高く、レンガの縮みにも強いようです。メンテは主に窯の内部についた灰釉の除去でしょうか。基礎からキッチリと現代の作り方で作られた本間さんの旧粉香木窯は、年平均5回以上焚いて20年持ちました。たしか地震で煙突が倒れたのと、ロストルが落ちたのとで大きな補修は数回だったと聞いています。
Commented by M野 at 2010-11-01 17:21 x
逆に、このドイツの窯はメンテをし続けないといけない構造のようですね。トンネル型ではなく、ほぼ箱型になっているので、壁面に強度を持たせる作りになっているようですね。この重量を支えるのですから基礎がどうなっているのか気になります。そして作品がのる床面は、下から火が吹き上がるために、組み直しを窯詰めごとに行うのでしょうからこれは実際問題大変です。
こうして見ると、行ってこい形式の窯ではなく、かなり古い形式の窯になるのでしょうか。紀元前あたりの。
もしかすると、窯の寿命を決定するのは水かもしれません。湿気でレンガも風化しますし、塩釉の場合そこに塩素が入るのですから風化は進むのではないでしょうか。これを防ぐためには、一定以上のサイクルで窯を焚くのがベストなのでしょう。
Commented by うお at 2010-11-02 07:23 x
M野さん
窯を窯素材の発達史で考えるという方向性を一挙に書いてしまうM野さんは何者なのでしょう?ケンタウロス星人か・・勉強になりました。

古代メソポタミアでレンガが発明されて窯を築くことも始まったのですね。箱型で上下2重の層に仕切られ、下の部屋で火を焚くという形の(昇焔式)、ヨーロッパ現代窯の原型は16世紀イタリアの絵が残っているそうです。どのようなレンガが使用されていたか判明されていないが、温度が1000度を超えることがなかった・・おそらく赤レンガだったろう。
耐火レンガの開発は、どうも磁器製造を目指して幽閉されながら頑張ったベットガーだったとの記載もあります(1710年)。しかしラインラントでは16世紀に塩釉焼成が行われた跡が発見されています。塩の効果には低く見積もっても1150度ぐらいに窯の温度が到達したとすると、既に耐火煉瓦は考案されていたのではないかと、創造します。

Commented by うお at 2010-11-02 07:29 x
M野さん
この窯より小さい36キュービックの床修理に関して、左官仕事675 耐火煉瓦1265という請求書が残されているそうです。時間と個数?左官仕事の前に敷き土が突き固められたようですが、窯全体の基礎がどのような構造か確認する必要があります。窯の内壁や窯床表面を最後に左官仕事で仕上げるのは、とりあえず漆喰部分が駄目になったら塗り替えると、メンテナンスの必要性を物語っているようです。

ドイツ式あるいはカッセル(キャッセル)式は床下に焔道があるものの、行って来い式です。そのような形式でしかも横焚きの窯も存在したようですが、オイラー窯として現存する(形だけある)のはすべて写真のような形です。
先に書いたイタリア・ルネッサンスの窯の下の火室を焔道にして、遠くまで炎を引っ張るよう発達させた古い形式の変化に思えます。その大元はまさにメソポタミアやエジプト、クレタですね。がなぜこんな厄介な、費用のかかる窯に執着するか・・そこにオイラーの焼成に対するこだわりがあったようです。
Commented by 寛太 at 2010-11-02 16:28 x
またなんかすごいことになってますなー 専門用語 専門知識 ばんばんで 陶芸雑誌の紙面討論会のようですな 
こないだ 150キュービックの同じ種類の窯も見ましたが 丁度窯詰中でそのとき思ったんだけど どの部分も均等に焼けて 均等に塩がかかるような窯を追求していくとこんな形になるんだなーと思いました 
繰り返しになりますが 長い歴史の中で試行錯誤されて完成したものを 我々はあっさり見捨てていいのか 新しいものにしか価値を見出せない現代の風潮に この窯は何かいいたそうですね でもそれだけじゃない 公害問題を起こしたこの町の発展も悔やんでいるのかもしれない なんか寂しそうな陰りも感じられます 
なんて冬時間になってちょっと暗めの寛太ですが 今回心に誓ったことは いつかきっとまたどこかで窯に火をつけてやる です
火への強い思い めらめら です
メソポタ あたりの窯焚きのDNA がきっとどっかに混ざってるかも
Commented by M野 at 2010-11-02 18:32 x
前回あまりにもふざけすぎたM野です。でも専門用語使いたくないんだけど、難しいですね。
だいぶ見えてきたんですが、焚き口は窯詰めの入り口の反対かわからで、焔道は傾斜のある一回折れ曲がった形、直炎式で煙道はないのでしょうが、詰め口からかなり煙が漏れる。
塩釉の窯なので焼成室近辺をこまめにメンテしたり改築したりするためにこの構造になったのでしょうか。特に基礎に塩の影響がないようになっているのでしょうか。穴䆴だったりしたら塩で基礎から全部だめになってしまいますから、この方向にはならなかったのでしょうね。
そういった意味では、ローマ時代の塩釉窯は寿命が短かったのではないでしょうか。それをメンテできるように改良したのがこのオイラーの窯なのでしょうか。
今だとアルミナ煉瓦など塩釉でも腐食しないレンガはありますけど、古代から近代にかけてはモルタルを厚く塗る程度しか窯を守ることは出来なかったので、メンテや築替えの方向で構造が進んだのでしょうか。
Commented by 河西文彦 at 2010-11-02 22:09 x
じゃ 専門用語無で! オイラーには 歴史 物語が在りますね、
「オイラーはドラマ(ー)」って昔脚の長い裕ちゃんが歌ってた、
先日見たビデオ「エリザベス」もイギリスの昔の話だった、この映画館にぴったり。まだスペイン スコットランド などと戦争中の話
Commented by 寛太 at 2010-11-03 04:10 x
M野さんへ
このブログのカテゴリのオイラーで2008年7月を見て下さい 同じ窯が写っています 今回の1つ目の写真の裏側に3箇所の焚口があります
火は このスリットのあるレンガを通ってじかに上に上がってきます
パン焼きがまのように ときどき溜まった灰はかき出していると思います
だから確か焚口から一番遠い方 窯詰めでは一番手前が温度が低いはずです そして火は窯の上のふたを開けると噴出す つまり火はまっすぐ上へ走るまったく簡単な仕組みです 壊れたのはスリットのあるレンガを支える窯の基礎とその上組んだレンガの部分と思われます 金額的に200万円と聞いたのでさほどの修理ではないでしょう おいらには この窯が白黒でなくカラーで燃えている絵が見えます
Commented by うお at 2010-11-03 06:46 x
寛太さん
人間の火に対する感覚というものも面白いものですね。一度は同列に並んでいた百獣の王たちも、火にはついに近づけず、人間が優位に立ったのですよね。始めに火を手に入れた勝利はいったい知性だったのか、勇気だったのか。

寛太さんが受け継いだあの塩釉窯も面白かったですね。あの内側に遣われていたレンガは耐火断熱レンガでしたか?温まりやすいから熱効率がよいけど、耐久性がなくて50回焼成が寿命といわれ、やはり駄目になりましたね。

150キュービックの窯、箱型という共通点はありますが、横焚き倒焔のタイプですね。失敗が製品の崩れが起きた一回だけと言うのもすごいですね。さすがガスは焼成失敗が少ないのかな。
Commented by うお at 2010-11-03 06:57 x
河西さん
では専門用語で!
オイラーはドラーマーって、あの裕次郎ですか。私の故郷、石巻には石原裕次郎通りがあるのですよ。ある飲み屋の親父さんが自分の名刺にそう印刷しただけですが、さすが私も地元の人間ですね。そんなことを知っている。趣味も裕次郎と同じで店が終わると、夜の海にクルーザーを走らせていたそうですから、怪物ですね。「エリザベス」はきれいな映像でしたね。う~~ん、あの窯場のすすけた壁に映し出すのは申し訳ないような・・・
こうなってくると、実際何が上演されたかますます知りたくなりますね。今度聞いてみます。
Commented by うお at 2010-11-03 08:01 x
M野さん
大きすぎてなかなか収まりきれない写真とはいえ、いろいろ観察して想像で補っていただきありがとうございます。
次にくる写真で私もわかったのですが、焚き口から焼成室に上る焔道は一度大きく傾斜をかえています。「一回折れ曲がった形」正解!窯の入り口、あはは焦げてますね。それから窯屋内の窯口に近い部分の壁も真っ黒です。窯屋の壁にはいくつも穴があって(2008年の写真にはっきりしていますが)焼成のすべての段階で、人間が内部に入ることを可能にしているようです。

先のコメントにあった、湿気による塩の弊害もそのとおりです。塩そのものの保管場所も難しかったようです。このかまの構造、確かに東洋の穴窯などに比べて頻繁なメンテナンスの必要性も考えられていますが、それ以上にオイラーが求めた塩釉焼成の核心に触れる部分も潜んでいます。

Commented by うお at 2010-11-03 08:01 x
M野さん
1つ気になるのはロマ時代の塩釉窯です。これに関する確かな資料があるのなら知りたいところです。それから先のコメント返信でラインラントの塩釉は16世紀からと書いてしまいましたが、15世紀の間違いでした。そうなるとイタリアルネッサンス時代の窯以前ということになり、高温達成が果たして耐火煉瓦の考案に頼ったものか・・疑わしくなってきます。
Commented by うお at 2010-11-03 08:17 x
寛太さん
いろいろ解説を付け加えていただきありがとうございます。
この窯がまた復活するといいと、先に書きましたが、既に2回の焼成を試みただけでも、よくやったなあと感心したくなります。この窯のある場所に居ることが重圧ではなく、なにか楽しみであって欲しいですね。この窯の中の火色をほんとうに見たいものです。

少し付け加えるとすれば、オイラー窯は確かに温度の差があっても、失敗は許されなかったでしょう。轆轤師が寸法違いの成型をすれば給料から差っぴくオイラーが、なにせ窯焚きの采配を振るうのですから。必要な温度を一番遠くまで引っ張る構造と炊き方が問われたと思います。


Commented by うお at 2010-11-03 16:37 x
河西さん
石巻に登場したのは加山雄三通りだった!専門用語間違えました。クルーザーといえばどちらも考えられますが、こちらの雄ちゃんでした。ごめんなさい。
Commented by M野 at 2010-11-03 18:48 x
ローマ時代の窯史跡については、日本ではほとんど資料が無さそうです。もう少し探してみますが。イギリスでタイルを焼く窯が発掘されたとの報告も読みました。ローマ時代のレンガ工場跡なんか、あんだけ大量に消費したのだから発掘されているものと思うのですが、これも聞かない話しです。多分ローマ時代の塩釉窯も、直炎式の現在と同じようなものと考えています。
これも調べなければならないのですが、やはり耐火物の歴史みたいなものが必要になりそうですが、これに至ってはなにがなんだかわからないものです。炭と粘土を混ぜたモルタルとか見つけましたが、とりあえず耐火粘土を焼いたレンガ→そのレンガの粉と粘土を混ぜて作ったシャモットレンガと変わったのがいつのことか?これらは実は鉄器の製造とも関わってきているようで、興味深いところです。
マイセンがカオリナイトの発見で出来たと言われますが、耐火物の歴史と知識も重要だったのではと思いました。
Commented by うお at 2010-11-04 07:10 x
M野さん
私の前の返信がまた曖昧な表現になり申し訳ないです。ローマ時代が古代のローマ時代なら塩釉窯がなかったのではないかという疑問でした。
このコメント欄でおしゃべりしながら・・あくまでも思いつきですが、ラインラントが良土に恵まれていた・・それは焼きしまりの良い土で、ということはその土地にいち早く耐火度良好の耐火煉瓦が製造されるようになったのではないか、です。それによって塩の効果を生む高温に、陶工は到達したのではないか。

M野さんの考えるように、窯業史は高温達成に向かう陶工の努力といわれながら、窯素材の耐火物が盲点だったかもしれません。マイセン磁器がうまれたことにラインラントの耐火物がヒントになっていたとかね。

耐火レンガが鉄器の型になったということか・・・
Commented by 寛太 at 2010-11-04 16:37 x
耐火煉瓦の歴史―セラミックス史の一断面 [単行本]
竹内 清和 (著)   価格: ¥ 2,100
こんな本になんか書いてありそうですね 内容は見れませんでしたがアマゾンで購入できそうですな 
Commented by M野 at 2010-11-04 23:37 x
たしかにアマゾンで売っていますが、ちょっと読んでから手に入れたいところがあります。というのは今のところ耐熱レンガで本を探すと、鉄の高炉以降の話しになり、転炉の話しばかりなので躊躇しています。
オイラーの本にもこの辺りは書かれていると思いますので、期待です。
うおさん、私もエトルリア併合以前のローマに塩釉は無かったと思いますよ。
Commented by tarutaru at 2010-11-04 23:51 x
こんばんは。ご無沙汰!
ご無沙汰ってコメントするのがこのところ多くなりました
それにしてもこの窯大きいですね
映画館にしてしまうという発想おもしろいですね
日本なら窯も建物も土台から壊してしまって
今風のおしゃれな造りにしてしまうのがおちでしょう

この窯自体を再興することもいいかもしれませんが
この技術を残すこと、小さくてもいいと思います
新たな窯を築くこともいいと思います
バイオリンのオイラーのお話とダブってきますが
日本でも尊い職人芸術が消えていくこと
豊かさとは何か考えさせられますね

今できること、それを続けていくことが
重要だと思います
多治見の現代陶芸美術館で
ドイツ人のハンスコパー展を見ました
よかったです
Commented by 河西文彦 at 2010-11-05 06:06 x
北アメリカの灰色狼が居なくなりそうです、一応保護はされているのですが今また 家畜の被害が増えたので!シートンの動物記の頃の
「狼王ロボ」の時代は 良かったですね 携帯は無かったけれど
自然がたっぷり。 本当に豊かさとは何ですかね。
Commented by 寛太 at 2010-11-05 07:34 x
一昔 豊かさは 動かず継続した時間の中にあった 今はそれを凝縮し移動自由にし誰でもが味わうことができる それが豊かさだと誰かが定義してしまった なぜ今魚さんがオイラーにこだわるのか 
本当に豊かさとはなんですかね? ではなく 正しくは
本当の豊かさとはなんですかね? なんですよね
流されている人が多すぎる!!!そういう人を見るとむかむかする
そういう物作っている人を見るともっとむかむかする 
私は こだわり って言葉が好きです 
違いにこだわる といったらもっとはっきりします
ここまできたら死ぬまでこだわってやるぜ!!!と元気な寛太です
Commented by うお at 2010-11-05 08:01 x
寛太さん、M野さん
耐火材レンガについて興味尽きなくなってきましたが、このおしゃべりの中で、(自分で書いたのですが)あの左官仕事と耐火煉瓦のあの請求書、大工の棟梁が作ったものだと思います。日本でも窯建設の専門職人さんが、現在も居るはずですね。昔、窯業の町では窯つくりを請け負える大工が耐火煉瓦も作ったのか?と思ったりしています。
Commented by うお at 2010-11-05 08:24 x
Tarutaruさん
こんにちは!お忙しそうですね、と挨拶にしてしまいますが、いろいろ想像しつつも、お元気そうでなによりですと続けましょう。ハンス・コパーはドイツ人だったのね。ルーシー・リーはオーストリアから、ハンス・コパーはドイツからそれぞれ戦争中イギリスに渡ったのですね。ハンス・コパーのまとまった作品を私は見たことがないですよ。でも代表作・・どうしてこんな細い足で倒れなかったのと思ってしまうような、不思議な立体感は印象に残ります。作品数が少ない陶芸家と思っていたのですが、ついに日本で展覧会だったのですね。

よい展覧会をみた秋好日の気分を、おすそ分けしてくださりありがとう。
Commented by うお at 2010-11-05 08:28 x
河西さん
そうかー、「狼王ロボ」の灰色狼も運命ときですか。うちのパンクは独りになって、つい甘やかされて(誰だ?甘やかしてるのは)わがままになってきましたから、今度「狼王ロボ」の話でも聞かせようか・・・。あいつその気になって、ほえるかも・・・。
Commented by うお at 2010-11-05 08:46 x
寛太さん、再び
あれ、なんだか過激で出直してこようかな・・・
あ~~、その弱気がまた叱られそうですね。
今、ここで私の気持ちを明確にするのが難しくなって、オイラーの紹介の仕方が曖昧だったかなと、反省したり・・・
以前、M野さんとの話の中で「抽象と具象のなかを行き来する存在・・」と表現したことがありましたが、寛太さんが感じているジレンマと、あるいは繋がっていくのかもしれません。
Commented by 寛太 at 2010-11-07 06:04 x
久しぶりカナディアンヰスキーなんか飲むと急に強気になったりしたもんですんません
まさしくそんなジレンマです
世の中 言葉と物とが繋がっていないことが多すぎます
こ窯見てて一番腹が立つのは持ってる人の作品です 魚さんは紹介してませんがまったく塩釉と関係ない作品作って私はこの窯持ってますっていってるところです あっしには考えられません
そういうこだわりのなさに腹が立つんです
まったく魚さんに腹立ててるんじゃないんで すんまっしぇ‐ん(九州弁です) 
Commented by kokouozumi at 2010-11-09 09:38
寛太さん 返信遅くなりました。
このところ、ドイツ鉄道はフライブルク駅とシュトュットガルト駅で新路線反対デモがもめて長引き、その間を移動する者は、もう永遠にたどり着かないのではないかという状況下、なんとかパンクの待つ家に帰還しましたよ。
壁1つ隔てた場所でこのコメントをいただいていたことに、200k遠のいてやっと気が付いたところです。

世の習いというような、様々な考慮をぶち抜いて発言することに、もしかして一分の情けがあるかもしれないと、一挙に続きを書いてみました。寛太さんも知っているあの方の発言です。


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